Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#117「Solo」Solo (1995)

 #117SoloSolo (Perspective / A&M, 1996)


例年より1週間以上早く、先週に満開を迎えた東京近辺の桜もこの週末には散り始めて、残念ながら入学式のタイミングでは葉桜になってしまっていそうです。しかし一気に春爛漫の様相となってきたここ数日、皆さんも一気に開放的な気分でいい音楽を楽しんでおられることと思います。先週からいよいよMLBも開幕、大谷田中マーくんを初めとした日本人大リーガー達の活躍も連日伝えられ、楽しい季節になってきました。


さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、前回のトニーズに引き続いて90年代シリーズのR&B作品盤ということで、あの名プロデューサー・コンビ、ジミー・ジャム&テリー・ルイスに見いだされて、90年代のアメリカに60年代のストリート・ソウル・カルテットが舞い降りて来たかのようなクラシックな作品で当時のR&Bファン達を魅了したニューヨークはソーホーを中心に活動した4人組、ソロのデビュー・アルバム『Solo』(1995)をご紹介します。


Solo Solo


90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第4弾、R&B編その2。


前回トニーズの『House Of Music』をお届けした際に、あのアルバムは90年代のR&Bを代表するアルバムの一枚、と言いましたが、その他に特筆すべき90年代R&Bのアルバムの一つにあのジャネット・ジャクソンの1997年のアルバム『The Velvet Rope』があります。1980年代のアルバム『Control』(1986)以来ジャネットとタッグを組んできたジャム&ルイスとの先進的なサウンドメイキングによるメインストリームR&Bの構築、という作業が一つの頂点を極めた傑作といっていいこのアルバムにも象徴されるように、ジャム&ルイスはもう一人のこの時期のR&Bサウンド・メイカーの雄、テディー・ライリーと並んで80年代後半打ち込み中心のサウンドからR&Bが新たな段階に進んで以降のR&Bシーンの中心的な存在でした


その彼らのそれまでのジャネットヒューマン・リーグらとの仕事の実績を高く評価したA&Mレーベルが彼らとのJVで1991年に設立したのがパースペクティヴ・レーベル。このレーベルは新進気鋭のこれからのブラック・ミュージックを推進していくであろうと思われるタレントの作品発表の場として用意され、主なアーティストにはレーベル設立直後にこのレーベルからデビューしたミント・コンディションがあります。

そして今日ご紹介するソロは、ジャム&ルイスがNYのソーホーの街角で歌っていた彼らを見いだして、このパースペクティヴ・レーベルからデビュー・アルバムをリリースする、という幸運に恵まれたグループです。テナーのダニエル・ストークスダーネル・チャヴィス、ややしゃがれた声ながらパワフルなユーニク・マック、そしてアコースティック・ベースで3人のコーラスに滑らかでオーガニックなグルーヴを加えるロバート・アンダーソンによるアルバムを通してのパフォーマンスは、その当時ラジオから流れてくるどのR&Bチューンとも異なり、90年当時の洗練されたサウンドプロダクションで、60~70年代にR&Bが「ソウル」であり、聴く者の心揺さぶる音楽であったことを強烈に思い出させてくれる、そんな感動を呼び起こしてくれるもの。
そしてこのアルバムは、ジャム&ルイスがエグゼクティブ・プロデューサーとして全体を見ているだけでなく、12曲については自らプロデュースとアレンジを担当、その他の曲もフライト・タイム・プロダクションの面々ががっちりとプロデュースという、正しくジャム&ルイス肝いりのアルバムになっています。


Solo back


アルバム全体の構成は、上記のようにクラシック・ソウル・テイスト満点の素晴らしいフル・レングスの13曲の楽曲(うち8曲はジャム&ルイス作または共作)の合間合間に、往年のソウルの名曲のカバーが、それもストリートの雑踏の音をバックにほとんどはロバートのベースだけをバックにしたアカペラで短時間ずつ演奏されるというもの。これだけでもオールド・スクールのR&B・ソウルファンにはたまらないところだけど、そのカバーしている曲がオープニングの「What A Wonderful World」、4曲目の「Cupid」、9曲目メドレーで「Another Saturday Night / Everybody Loves To Cha Cha Cha」とサム・クックの曲3曲に、13曲目がドリフターズで有名な「Under The Boardwalk」とレトロ/テイスト満点で間違いなく60年代のヴァイブに持って行かれること請け合い。

そしてこのアルバムのカバーのうち唯一フル・レングスなのがラス前18曲目のあのサム・クックの名唱「A Change Is Gonna Come」の素晴らしいパフォーマンス。ユーニクの絞り出すようなボーカルが公民権運動のテーマソングとして特にブラック・コミュニティの思い入れの強いこの曲に万感を吹き込んでいて、アルバムを締めにかかる楽曲としては最高の効果を達成しています



間に歌われるフル・レングスの楽曲もいずれを劣らぬ素晴らしい出来で、「What A Wonderful World」のカバーに続いてスクラッチ・ノイズをあしらって90年代今のストリート・ソング的仕立てをバックに3人のコーラスがやや控えめにグループ「ソロ」の実力表明をしているかのような「Back 2 Da Street」、ジャム&ルイスがすべての楽器を担当して奏でる、当時のジャネットの楽曲に通じるような軽快で洒脱なビートに乗ってダーネルがしなやかに歌う「Blowin' My Mind」あたりはアルバムの冒頭でがっちりリスナーを掴むには充分。




Cupid」にカバーに続いて明らかにスカルズの「Groovin'」を意識したノスタルジックなソウル・バラードで彼らの最大のヒットシングルとなった「Heaven」(最高位42位)、そして何と!あのドラマティックスの「In The Rain」のキメのフレーズを無茶苦茶カッコよくサンプリングしたゴージャスなナンバー「Xxtra」あたりはこのアルバムでは自分の個人的ハイライト。そしてもう一つの個人的ハイライトは「Another Saturday Night~」のカバーメドレーに続いて、力強くもしなやかなグルーヴでマーヴィン・ゲイの「Let's Get It On」をオマージュしているかのようなひたすら気持ちよい「Where Do You Want Me To Put It」。ここでのボーカル(おそらくダニエル?)はテンプスの往年の名ボーカル、惜しくも先日他界したデニス・エドワーズの男臭いソウルフルなボーカルを思わせて、これも涙




90年代らしいサウンドのクワイエット・ストーム的な濃厚なバラード「Keep It Right Here」「I'm Sorry」に続いて「Under The Boardwalk」の短いカバーを経て、アルバムはいよいよ後半に。そしてまた音は一気にクラシック・テイストに戻って、メインメロディもイントロの楽器も間違いなくジャーメイン・ジャクソンの「Daddy's Home」を意識したな!という「In Bed」でますますソウルファンの気持ちは盛り上がります。

ぐっと80年代っぽいサウンドのクワイエット・ストーム曲「(Last Night I Made Love) Like Never Before」から10秒のスキットを経て60年代後半のテンプスフォー・トップスを彷彿させる男っぽいアップテンポのソウル・ナンバー「Holdin' On」、そして冒頭に触れた感動的な「A Change Is Gonna Come」のカバーで事実上アルバムは完結。最後のトラックは「Heaven」のアコースティックな感じのクワイエット・ストーム・リミックスで静かにフェードアウトしていく感じでエンディングを迎えます。(最後に隠しトラックあり)



再三前回から言ってますが、90年代はR&B・ヒップホップを中心としたブラック・ミュージックでは大きなルネッサンス的オールド・スクール・ソウルへのスタイル回帰と、打ち込み中心のサウンドから大きくオーガニックなサウンド・メイキングに舵が切られ、その中で多くの素晴らしい作品や、才能溢れる新しいアーティスト達が輩出したデケイドです

その中でも80年代をうまく乗り切って90年代に更に高いレベルへとサウンド・メイキングの質を上げていったジャム&ルイスの二人が、ジャネットのメインストリームR&B作品とはまた別の切り口で、クラシック・ソウル・ルネッサンスを見事に表現してみせたのがこのソロのデビュー・アルバムだと思います。

Solo Album (back)


ソロはこの後、前回のトニーズ解散後のラファエル・サディークをプロデューサーに迎えて、こちらも素晴らしいセカンド・アルバム『4 Bruthas & A Bass』(1998)をリリースした後、長く消息が聞こえてませんでしたが、2015年にインディーからニューアルバムを出したらしい、という情報が。残念ながらまだ聴けてないですが、多分変わらぬスタイルで、クラシックなソウルを下敷きにした彼らなりのR&Bを聴かせてくれてるのではないかと思ってます。

その新譜を聴くまでは、この彼らの素晴らしいデビューアルバムで、春爛漫のこの季節、音楽の与えてくれる至福を存分に楽しみましょうか。


追伸:今回のブログ執筆にあたってはこのアルバムの発売当時の日本盤の吉岡正晴さんのライナーノーツを参考にさせて頂きました。謹んで御礼申し上げます。


<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 ゴールド・アルバム(50万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位52位(1996.3.16付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位8位(1996.3.16付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#116「House Of Music」Tony! Toni! Toné! (1996)

 #116House Of MusicTony! Toni! Toné! (Mercury, 1996)


3月もいよいよ後半に入り、世間は年度末で忙しくなり、花粉症の方はいつになく飛び交う花粉にご苦労されてる中、梅は終わっていよいよあちらこちらでチラホラと桜がほころび始めました。日一日と暖かさと寒さが一進一退するのも今週くらいまでで、いよいよ春本格に突入しそうな季節。そんな今夜(3/19)20時から、自分もいつものクアトロラボから離れて渋谷のMusic Bar 45さんでブースインさせて頂くことになりました。春を感じさせるセットでまったりと行きたいと思ってますので、お仕事帰りの一時お立ち寄り下さい。


さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、また90年代シリーズにちょっと戻って、個人的には90年代のR&Bを代表するアルバムの一つだと思う作品をご紹介。60~70年代の先達たちのグルーヴや空気感を見事に再現しながら、自らの音楽スタイルを頂点に高めるという離れ業を成し遂げた、リリース当時も当時の洋楽ファン、R&Bファンから絶大な支持を受けたのですが、90年代に既に新しい作品から離れてしまっていた多くの60~70年来のR&Bファンの耳に届かなかったこともあり、最近語られることの少ないのが残念な、そんな名盤、カリフォルニアはオークランド出身の3人組のトニ・トニ・トニの4作目『House Of Music』(1996)をご紹介します。


HOuse Of Music 


90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第3弾、R&B編。


80年代後半のシンセやリズムマシーンの打ち込みを多用した人工的なサウンドや、90年代初頭に登場したN.W.A.に代表されるギャングスタ・ラップの台頭など、90年代に入った頃には、残念ながら60年代以降のジャズやブルースを根っこに置いたオーガニックなソウル・ミュージックを支持してきたR&Bリスナー達には新しい音から耳を背けさせる状況が多く揃ってしまっていました。

しかし、前々週も触れましたが、ロックシーンでも60・70年代の音楽スタイルをベースにした音楽スタイルを新しい感性で展開する新しいアーティスト達が出てきたように、90年代はR&Bシーンに取っても、オリジナルのソウル・R&Bミュージックの良さを再評価し、スタイル的にはそこに回帰するアーティストがヒップホップ・シーンも含めて多く輩出して素晴らしい作品を多く作り出した、ある意味「ミュージック・ルネッサンス」のデケイドなのです

ヒップホップ・シーンでは、ラップと言えばストリート性を強調した殺伐とした挑発的なリリックを激しいトラックに乗せて繰り出すというスタイルが主流だったのが、NYを中心としたイースト・コーストとLA・ベイエリアを中心にしたウェスト・コーストの大きな二つのシーンの勃興によって、一気にそのサウンドやスタイルの多様化が進みました。特に70年代ソウルやジャズなどからのサンプリングの活用と複雑なサウンドメイキングによって単なるラップのバックトラックに止まらないレベルの音楽性を内包したトラックメイキングが、DJプレミアDr.ドレ、パフ・ダディP.ディディ)といったサウンドメイカー達によってジャンルに深みと音楽的正当性を加えられたことは、折からのR&B分野におけるオーガニック・ソウル・ルネッサンスの動向とも同期していました

そのR&Bシーンではアメリカでは「ネオ・ソウル」、日本では「ニュー・クラシック・ソウル」または「オーガニック・ソウル」とネーミングは様々でしたが、要は60~70年代のソウルR&Bミュージックのスタイルの再評価とそのスタイルに戻った、シンセや打ち込み等は極力押さえたサウンドで、より伝統的黒人音楽であるソウル、ブルース、ジャズ、ゴスペルなどの要素を持ったスタイルの優れた作品とアーティスト達が多く登場して、大いにシーンを盛り上げました。ディアンジェロ、マックスウェルなど現在も活躍するアーティスト達が登場したのもこの時代です。

そして今日ご紹介するトニ・トニ・トニ(通称トニーズ)もそうしたネオ・ソウル・アーティストの一つであり、このソウル・ルネッサンスの流れを作り出した重要なアーティストの一つなのです


SonsOfSoul.jpg


後にソロとして活動展開するベースとボーカルのラファエル・サディーク、その兄でギタリストのドウェイン・ウィギンズ、ドラムス・キーボードのティモシー・クリスチャン・ライリーの3人によるトニーズの最初の頃のサウンドは、80年代後半ブラック・ミュージック・シーンを席巻したいわゆるニュージャック・スウィングのスタイルでした。その彼らが大きく音楽性をシフトさせたのはこのアルバムの前作『Sons Of Soul』(1993)。

このアルバムにはシングルヒットした「Anniversary」(全米最高位10位)に代表されるより伝統的なR&Bソウル・ミュージックの音楽スタイルに軸足を置いた楽曲が多く含まれ、かつ、彼ら自身が楽曲を演奏し全曲プロデュースすることにより彼ら自身のミュージシャンシップを確立するとともに、ダブル・プラチナ・ディスク認定の彼らに取っても商業的に最も成功したアルバムになりました。

その後、ラファエルは映画『Higher Learning』(1995)のサントラに「スキヤキ」をモチーフにした「Ask Of You」を提供したり、ディアンジェロのシングル「Lady」に参加したりといったメンバー各自のソロ活動を経て3年後、満を持してリリースされたのがこの『House Of Music』でした


このアルバムを端的にいうと、60~70年代の伝統的なソウルR&Bミュージックへの惜しみない憧憬とオマージュを満々に称え、そのスタイルを見事なまでに踏襲しながら、どれ一つとして単なるコピーやなぞりになっているのではなく、トニーズ自身の楽曲として完璧に構成されているという、なかなか当時のそこらのネオ・ソウル・アーティストには真似のできないことを実現しているアルバムです。

「俺たちトニーズがやっているのは、こういう先達達が磨き上げてきた素晴らしい音楽スタイル。そしてこのスタイルで、俺たちは自分たちでないとできない音楽をやっていくんだ」という決意表明をビンビンに感じる作品で、その彼らの矜持は、これだけ先達のスタイルを如実に感じさせながら、一曲としてカバーは含まれていないということにも強く表れています



このアルバムリリース当時も自分はmeantimeという洋楽サークルのアルバム・レビューでこのアルバムを取り上げていますが(当時このアルバムは、4人のスタッフによる合評という評価の高さでした)今聴いても、ラファエルの独白から始まる1曲目の「Thinking Of You」が流れ始めた瞬間に、あのアル・グリーンで有名なメンフィスのハイ・サウンドを彷彿とされるギタ-リフとドッシリとしたドラムス、そして正にアル・グリーンの歌い方を強く意識したラファエルの歌には、思わず笑顔になってしまいます。そこにはメンフィス・ソウルへの強い敬愛があり、このアルバムの素晴らしさを予感させるオープニングです

ジャズ・クラブでのざわめきのようなバックグラウンドノイズの中からゆっくりと立ち上がってくるような「Top Notch」から、アルバム中唯一メンバー以外のプロデューサーとしてDJクイックを迎え、クイックのラップをフィーチャーした「Let's Get Down」はヒップホップ黎明期のソウルとファンクが融合したようなグルーヴで、メーターをぐっと上げてくれます。




ぐっと雰囲気を変えて、ドラマティックスエンチャントメントか、と思ってしまうほど、ギターの音色に至るまでデトロイト・ソウルのバラードの世界を完璧に再現した「Til Last Summer」、70年代後半のマーヴィン・ゲイあたりのグルーヴにスロウなファンク風味を絶妙に配合した、シーラEのパーカッションをフィーチャーした「Lovin' You」、60年代のアトランティック系サザン・ソウル風味でギターとオルガンと抑えめのリズム・セクションで思わずソウルファンは昇天しそうなStill A Man」、モータウンホランド・ドジャー・ホランドを彷彿させる軽快なリズム・リフに乗ってラファエルスモーキー・ロビンソンを意識した艶のあるボーカルを聴かせる「Don't Fall In Love」、フェンダーローズの演奏は70年代スティーヴィー・ワンダーの世界で、サビのファルセットはスタイリスティックスラッセル・トンプキンスJr.ばりなのがこちらもニヤリとさせてくれる「Holy Smokes & Gee Whiz」などなど、もう聴きこんでいくうちにソウルR&Bファンはどんどん虜になること請け合いの楽曲が次々に登場


そしてここまで聴いて来て気が付くのは、このアルバム、キーボードはハモンド・オルガン、フェンダーローズやエレピ、アコースティック・ピアノだけであり、シンセサイザーはおそらくほとんど使用していないと思われること。また曲の録音もメンバーが持ち寄った曲を1ヶ月かけてリハーサルした後、スタジオライブの一発録りだった、といいますから、このアルバム、バックの演奏も含めて真の意味でのオーガニック・ソウル作品だったということになります。


アルバム後半がややダレ気味になりそうになるところを、ストリングスを配してドラマティックに盛り上げる「Let Me Know」や、アース・ウィンド&ファイヤの70年代後半のバラードを彷彿させるキメのリズムがタワー・オブ・パワーのホーンセクションとも絶妙のグルーヴを醸し出す「Wild Child」といったまたまた素晴らしいメロディと美しい演奏による楽曲が支えて、アルバムクロージングは先ほどの「Lovin' You」のメロディをアコースティック・ピアノとハモンド・オルガンとアープ・シンセ(アルバム中唯一ハッキリとシンセの使用が分かるのはここだけ)が分厚いアンサンブルで無茶苦茶スローダウンしたインストで短く締めるリプリーズ・バージョンで。終わった後、思わず満足のため息が漏れそうな、そんな素晴らしい聴後感

House Of Music (back)


リリース時も、当時盛り上がっていたネオ・ソウルの頂点を極めた傑作として評価の高かったこのアルバム、残念ながらマーキュリー・レーベルのプロモーションが今ひとつだったのか、チャート的には前作を下回る成績に終わっています。しかし、20年以上経った今でも瑞々しさに満ちたこの作品、90年代R&Bを代表するソウル・クラシックの1枚と言っていいと思います

アルバムタイトルは、メンバーが少年の頃オークランドの地元にあったレコード店の名前から取られたそうで、ラファエル曰く「あの頃あの店に溢れていたいろんな音楽にワクワクしたように、このアルバムを作る過程はメンバーがそれぞれ作った曲を持ち寄ったのにもかかわらず、あの時を思わせるようないい雰囲気でセッションできたのでこの名前にしたんだ」とのこと。ドウェインは自分のスタジオにもこの名前を付けるなど、このアルバムのできる過程はメンバーに取っても特別なものだったようです


この作品を出した後残念ながらメンバー間の意見の対立からバンドはこのアルバムを最期に1997年惜しまれながら解散。ラファエルアン・ヴォーグドーン・ロビンソン、ア・トライブ・コールド・クエストアリ・シャヒード・ムハマッドとのルーシー・パールの活動や、『Instant Vintage』(2002)、『Ray Ray』(2004)、『The Way I See It』(2008)、『Stone Rollin'』(2011)といったソロアルバム発表、更にはあのジョス・ストーンの『Introducing Joss Stone』(2007)のプロデュースなど多彩なソロ活動を展開。ドウェインは、後にスーパースターとなるデスティニーズ・チャイルドを見いだし自分の事務所に契約して成功を収めた他キーシャ・コールアリシア・キーズらの作品のプロデュースなど、その後も脈々と続くネオ・ソウルの系譜をサポートする裏方として活躍している様子


90年代のクラシック・ソウル・ルネッサンスの動きを支えたトニーズの最高峰であるこのソウル・クラシック作品を、桜の香りが漂い始めた春の空気を感じながら是非改めて楽しんでみてはいかがでしょうか。


<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 プラチナ・アルバム(100万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位32位(1997.2.1付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位10位(1996.12.7付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#115「Body Heat」Quincy Jones (1974)

 #115Body HeatQuincy Jones (A&M, 1974)


先週のアカデミー賞発表ではギエルモ・デル・トロ監督の『The Shape Of Water』が作品賞・監督賞他計4部門を受賞して、2004年第76回アカデミーの『ロード・オブ・ザ・リング~王の帰還』以来のファンタジー作品による作品賞受賞に沸き返りました。ああしてみるとやっぱり映画っていいなあ、と思ってしまいます。作品賞ノミネートの映画、今回は一つも見てないのでボチボチ見ていかなきゃ、と思う今日この頃。


さて外は着実に春に向かう中、先週お休みしてしまった今週の「新旧お宝アルバム!」は、90年代シリーズからちょっと離れて久しぶりに70年代に行ってみたいと思います。ちょうどベトナム戦争が終わり、公民権運動の名残も落ち着いて、建国200年を目前にアメリカが豊かで明るい時代に突入していた頃、アメリカの音楽シーンも多くのミュージシャン達がその音楽スタイルを少しずつ変貌させていた時代。そんな時、後に『スタッフ・ライク・ザット』(1978)、『愛のコリーダ (The Dude)』(1981)により一気にブラック・ミュージックのメインストリーム化を推し進め、マイケル・ジャクソンの『Off The Wall』(1979)『Thriller』(1982)『Bad』(1987)といったメガアルバムのプロデュースで名実ともにアメリカのポピュラー音楽界に君臨することとなるクインシー・ジョーンズが、それまでのジャズや映画TV音楽作曲から、一気にソウルR&Bへ接近して上記のような後のキャリア展開への基礎を築いた重要作品、『Body Heat』(1974)をご紹介します。


Body Heat


トレイルブレイザー(trailblazer)という言葉をご存知でしょうか。


荒れ地や未開の森林などの道なき道(trail)を進みながら後に続く者達のために目印を付けていく(blaze)者、ということでその分野の先駆者、日本語でいうと「パイオニア」に当たる言葉で、アメリカではそうした分野の先駆者を称える時に頻繁に使われる言葉です。


クインシー・ジョーンズというと、どうしても『愛のコリーダ』やマイケル・ジャクソンとの80年代の仕事のイメージが強い方が多いと思われ、最初からポピュラー系ブラック・ミュージックの世界の大御所と思われがちですが、クインシーは正に黒人音楽界を代表するトレイルブレイザーとして、60年代後半~70年代にかけて白人中心社会だったポピュラー音楽界に多くの足跡を残した実績をもっと高く評価すべきミュージシャンでありアレンジャー・プロデューサーだったのです。


シカゴのサウス・サイドのごく普通の黒人家庭に生まれ育ったクインシーが、ティーンエイジャーの頃から音楽に没頭してその高校や大学で才能を磨き、バークレー音楽院への奨学金を得たことによって大きく道を開かれて、卒業後は当時既にジャズの大御所だったライオネル・ハンプトンのバンドのトランペット奏者としてプロ入り。1950年代をジャズの世界で過ごしている中、1960年に当時のマーキュリー・レコード社長のアーヴィング・グリーンに認められて同レーベルNYの音楽ディレクターに就任。

1964年にはクインシーに映画監督のシドニー・ルメットが自分の映画『質屋(The Pawnbroker)』の音楽を頼み、これのヒットで次のフェーズに

ここから60年代~70年代初頭にかけてシドニー・ポワチエ主演の『夜の大捜査線(In The Heat Of The Night)』(1967)、ゴルディー・ホーンアカデミー助演女優賞受賞の『サボテンの花(Cactus Flower)』(1969)、スティーヴ・マックイーン主演の『ゲッタウェイ (The Getaway)』(1972)などなど計33本の映画音楽を手がけた他、『鬼警部アイアンサイド』『The Cosby Show』など数々のTV番組の音楽も担当。一気にジャズの世界からポピュラー音楽の世界にその存在感を高めました

1968年のアカデミー賞ではアフリカ系アメリカ人として初の最優秀オリジナルスコア部門でのアカデミー賞ノミネート、1971年にはアフリカ系アメリカ人として始めてアカデミー賞授賞式の指揮者を務めるなど、この時期のクインシーはトレイルブレイザーの面目躍如たる活躍ぶりでした。


その彼が70年代に入りジャズやポピュラー音楽ではなく、急速にソウルR&Bの世界に接近していった多分一つの理由がスティーヴィー・ワンダーの活躍

高校時代レイ・チャールズと同級生だったクインシーは、新しい世代のアフリカ系アメリカ人の音楽表現者としてのスティーヴィーに感銘したのでしょう、自らもよりソウルR&B寄りの楽曲を含むアルバムを制作しはじめ、1973年にリリースした『You've Got It Bad Girl』では自らのそれまでの作品のジャズっぽいリメイクに加え、スティーヴィーの『トーキング・ブック』(1972) から「迷信」とアルバムタイトル曲「You've Got It Bad Girl」と取り上げていました。


その彼が満を持してリリースしたのが、「ソウル・ジャズ」というその後70年代の一つのトレンドを作り出した作品となったこの『Body Heat』。

バックにはデイヴ・グルーシン、ハービー・ハンコック、ボブ・ジェームズ、リチャード・ティー等などジャズの名うてのミュージシャン達に加えて、その後ソウルR&Bの世界で大物となるリオン・ウェア(R&Bシンガーでマーヴィン・ゲイI Want You」の作者)やミニー・リパートン、アル・ジャロウといったボーカリスト達を配して「ソウルっぽいジャズ作品」ではなく、ソウルとジャズが渾然一体となった作品を作り出したのです



冒頭のアルバム・タイトル・ナンバーから、リオン・ウェアのボーカルを、ミニー・リパートンを含むバックコーラスが寄り添うようにサポートする、紛れもない70年代R&Bの意匠満点の楽曲展開。バックでは多分デヴィッド・T・ウォーカーと思われるR&Bの歌伴的に出入りする匠のギター・フレーズや、デイヴ・グルーシンによるアープ・シンセの音色がスティーヴィー・ワンダーの70年代作品のような雰囲気を醸し出します。

続く「Soul Saga (Song Of The Buffalo Soldier)」でも切れ味鋭いギター・リフをバックに基本ワンコードで延々とエスニックなリズムを展開するグルーヴ満点の楽曲。ここでソウルフルなボーカルを聴かせるのはセッション・ボーカリストとして名高いジム・ギルストラップ

ぐっとアフターアワーズっぽくスローダウンした哀愁感漂うメロディに乗って作者でもあるバーナード・アイグナーのボーカルが聴ける「Everything Must Change」は、後にジョージ・ベンソンやランディ・クロフォードらがカバーした今ではソウル・クラシックと言っていい有名曲アイグナーはこの直後あのマリーナ・ショーの名盤『Who Is This Bitch, Anyway?』(1974)のプロデュースでR&B界に大きな足跡を残すシンガーソングライター(残念ながら昨年72歳で他界)であり、このアルバムで彼をいち早く起用したクインシーのセンスは、この後自分のアルバムでジェイムス・イングラムやタミアといった新進シンガーを紹介し続けた実績にもつながっているものです

アルバムA面はこの後またブラスとギター・リフが交互に登場して、70年代中期のアース・ウィンド&ファイヤークール&ザ・ギャングっぽいダウン・トゥ・アースなファンキー・ナンバー「Boogie Joe The Grinder」を先ほどの「Everything Must Change」の短いリプリーズ・バージョンが挟んで静かに終了。



アルバムB面はクインシーリオン・ウェアの共作「One Track Mind」でスタート。このアルバムでも比較的ジャズ寄りの楽曲ですが、ブラスをフィーチャーしたスローファンクのこのナンバー、延々とバックコーラス隊が出入りして歌うR&B的スタイルはここでも明確。イントロのギターは聴いた瞬間にエリック・ゲイルと分かる「Just A Man」もまた後のクルセイダーズ当たりのフュージョンっぽい楽曲スタイルである意味このアルバムでは異色ですが、ここでルーズな感じなグルーヴを持ったボーカルを聴かせているのはクインシー御大ご本人

このアルバム唯一ボーカルをフィーチャーしていない、ある意味一番ジャズっぽいナンバーが次の「Along Came Betty」。ヒューバート・ローズのフルートが一種独特の雰囲気を醸し出して、クインシー得意の映画音楽かTV番組音楽のスコアっぽい感じを聴かせてくれます。

そしてアルバムはある意味このアルバムの中心的な意匠とでも言える、ソウルR&Bスタイルの極致、共作者の一人リオン・ウェアミニー・リパートンがそれぞれソロ・ボーカルを取り、要所要所にアル・ジャロウのボーカル・エフェクトがフィーチャーされているという、もうソウル・グルーヴ満点の「If I Ever Lose This Heaven」でフィナーレを迎えます。ご存知アヴェレージ・ホワイト・バンドが後にアルバム『Cut The Cake』(1975)でカバーし、シングルヒットにもなったナンバーですが、今考えるととても贅沢なラインアップによって渦巻くようなグルーヴを作り出している素晴らしいバージョン。ここでもヒューバート・ローズのフルートがとても効果的にフィーチャーされています。


Body Heat (back)


このアルバムは当時ジャズ・アルバムとしては異例の全米アルバム・チャートのトップ10に入る大ヒットとなり(今に至るまでクインシーに取って最もチャート上ヒットしたアルバムです)、ジャズというジャンルが一部のコアなジャズファンだけではなく、黒人ポピュラー音楽の一ジャンルとして認識され、より多くのジャズ作品がメインストリームに受け入れられるようになった、ある意味トレイルブレイザー的作品になったのです

これによって恩恵を受けたのが『Mister Magic』(1975)が全米10位のブレイク作となったサックス奏者のグローヴァー・ワシントンJr.であり、当時まだファンクバンドだったEW&Fモーリス・ホワイトと組んで見事なソウル・ジャズアルバム『Sun Goddess』(1974)をヒットさせたラムゼイ・ルイスであり、そして『Breezin'』(1976)がいきなり全米1位になっただけではなく、その年のグラミー賞最優秀アルバムにノミネートされ、メインストリームに一躍躍り出たジョージ・ベンソンといった、それまでジャズの世界で実績を作り上げてきたアフリカ系アメリカ人のミュージシャン達でした。


Mister_Magic.jpeg


その後ソウルR&Bとジャズの蜜月関係は、フュージョンの登場によってポップ・ミュージックへの接近でより多様化していくわけですが、この『Body Heat』で作り上げられたよりアフリカ系アメリカ音楽的なグルーヴを持ったダウン・トゥ・アースな音楽スタイルからは徐々に遠ざかって行くことになります。そしてクインシーは「ポップに行くんだったら思いっきりポップに行ってしまえ!」ということで『愛のコリーダ』やマイケルとの一連のコラボによってその王国を築いて行くことになるのです。

最近のインタビューでの放言が物議を醸しているクインシーですが、彼が60年代以降現在に至るまで残している実績を考えるとまあああいう放言もアリなのかな、と思ってしまうところがクインシー御大の大物たるゆえん。その彼のキャリアの転機となったこのアルバム、改めてじっくり聴いてみることをお勧めします。


<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 ゴールド・アルバム(50万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位6位(1974.11.2付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位1位(1974.7.6付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#114「Congratulations...I'm Sorry」Gin Blossoms (1996)

 #114Congratulations...I'm SorryGin Blossoms (A&M, 1996)


後半日本選手のメダル獲得が相次ぎ尻上がりに盛り上がったピョンチャンオリンピックも終わり、次は3月4日(日本時間5日朝)の第90回アカデミー賞発表に注目が向かうところ。この週末はまた寒の戻りで冷え込んだ東京ですが、今週で2月も終わり、うちの庭の河津桜も大分咲いてきてそろそろまた春の感じが盛り上がって来そうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、先週に続いて90年代以降新しい洋楽から離れてしまった皆さん向けに、素敵な90年代作品を一枚ご紹介。ストレートなロックンロールにポップでちょっと甘酸っぱさのあるメロディを乗っけて90年代半ばにブレイクしたアリゾナ州テンピ出身のバンド、ジン・ブロッサムズがメジャー・ブレイクの後、大きな困難を乗り越えて発表したアルバム『Congratulations...I'm Sorry』(1996)をご紹介します。


Congratulations Im Sorry 


90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第2弾。


90年代初頭のアメリカでのロックシーンの復活は、アメリカではシアトルのインディ・レーベル、サブ・ポップの草の根的なマーケティングが、ニルヴァーナ(英語読みではナヴァーナ)やパール・ジャム、サウンドガーデン、ストーン・テンプル・パイロッツといった今のロックシーンにも大きく影響を残している力のあるバンドの輩出と相まって大ブレイク、「グランジ」という確固たるサブジャンルを形成したことにより決定づけられました。その頃イギリスでは、80年代からスミスニュー・オーダーといった有力なバンドを輩出していたマンチェスターを中心に、ストーン・ローゼズハッピー・マンデイズといった、サイケデリアやアシッド・ハウスなど、ダンス・ミュージック的リズム要素を強調した新しいタイプのロック・バンドの台頭によるいわゆる「マンチェスター・ムーヴメント」による新しいスタイルのロックへの変貌が進行中でした。

このようにイギリスではダンス・ミュージック的な方向性へとロックが合流していった90年代でしたが、アメリカではダンス・ミュージック的な要素はもっぱらヒップホップやR&Bアーティストの分野に止まる一方、復活したロック・シーンは基本的に60年代70年代の伝統的アメリカン・ロックの流れを汲むルーツ・ロックやパワー・ポップ、あるいはカントリー・オルタナティブ的な方向にどんどん向かって行きました

先週このコラムでご紹介したカウンティング・クロウズなどはそのうちのルーツ・ロック方向に発展を見せて一時代を築いたバンドですが、今日紹介するジン・ブロッサムズは、そうしたルーツ・ロック的要素をベースにしながらも、よりメインストリームでシンプルなロックンロールによるパワー・ポップ的スタイルでブレイクしたバンドです。

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彼らの音楽の魅力は、とにかく理屈抜きにストレートなギター・ロック的なスタイルと、ポップで時に甘酸っぱささえ感じさせるような素敵なメロディ・ラインが一体になった楽曲スタイル。ボーカルのロビン・ウィルソンの歌声はチープ・トリックロビン・ザンダーを思わせるような、甘さと力強さを備えた魅力を持っています。そしてこのアルバムでの彼らの演奏とロビンのボーカルはひたすらポジティヴで前向きなオーラを発散していますが、それは彼らを襲ったある不幸な出来事を乗り越えてのことでした

彼らは90年代初頭、何枚かのEPをリリースしてシーンの注目を集め始めた後A&Mと契約、初のフルアルバム『New Miserable Experience』(1992)とそこからのシングル「Hey Jealousy」「Found Out About You」(いずれも全米最高位25位)のヒットでブレイク。

しかしこの2曲の作者だったギタリストのダグ・ホプキンスがアルバム制作中にそのプレッシャーから過度な飲酒による鬱病になり、ブレイクしそうなバンドへの影響を懸念したレーベルのA&Mダグのバンドからの解任と楽曲ロイヤリティの半分放棄を強制。代わりのメンバーのスコット・ジョンソンを加えたバンドはツアーに出たのですが、1993年12月にダグが自ら書いた「Found Out About You」がチャート上昇している中、自殺により他界



残されたメンバーはこの悲しい出来事でかなりショックを受けたものの、協力して曲作りに没頭、1995年秋に封切りされた音楽コメディ映画『Empire Records』に新曲「Til I Hear It From You」を提供、シングルとしてリリース。そして1996年2月にリリースされた今回紹介の『Congratulations...I'm Sorry』からの「Follow You Down」と両A面シングルとして再リリース、全米最高位9位に上る彼ら最大のヒットとなったのでした

既にお分かりのように、このアルバムのタイトルに込められた意味は、前作でブレイクした自分たちへの祝福と、その一方で不幸な最期を迎えてしまったバンドメイト、ダグへの気持ちを表しているのです


こうした当時の状況を踏まえてこのアルバムを聴くと、ここに含まれた楽曲たちには当時の困難な状況を思わせるような暗さとか、陰鬱さといったものは皆無で、むしろ次のステップに向かって上がっていこうとするバンドの前向きでポジティヴな雰囲気がいっぱいな、ストレートでポップな(しかし軟弱ではない)ナンバーが並んでいます

オープニングの「Day Job」はこのアルバム中で最もハードなエッジのロック・ナンバーで、このアルバムへの彼らの意気込みを感じますが、続くラズベリーズあたりを思わせる「Highwire」、第一弾シングルでパワー・ポップなサビのコーラスと力強いバンドサウンドに絡むブルース・ハープの音色が印象的な「Follow You Down」、第二弾シングルでちょっとレイドバックしたギター・リフがサザン・ロック的な香りを漂わせながらメロディはラジオ・フレンドリーな「As Long As It Matters」と立て続けにジン・ブロッサムズらしい、アメリカのハイウェイを走りながらラジオで聴くとピッタリはまるような、素敵な楽曲が矢継ぎ早に繰り出されます。


90年代のCD時代なので全13曲とやや曲数が多い分だけ後半ややマンネリ気味になるのが難ですが、「Perfect Still」「My Car」「Virginia」「Whitewash」と次々に出てくる疾走感満点のパワー・ポップな楽曲たちや、珍しくカントリーやテックス・メックスの香りを漂わせるナンバー「Memphis Time」やマイナーコードで根音が半音ずつ下がっていくことでメロディ進行の深みを出している「Competition Smile」、そしてあのマーシャル・クレンショーとメンバーの共作による珠玉のポップ・ロック・ナンバー「Til I Hear It From You」で完結するこのアルバム、とにかく聴くだけで気持ちを高揚させてくれる、そんな快作です。


ギターのダグが半分の楽曲を書いていた前作『New Miserable Experience』に比べるとややギター・エッジの効いたハードなナンバーが少いのでは、といった一部の評価もあるようですが、むしろボーカルのビンとギターのジェシ・ヴァレンズエラ、そしてドラムスのフィリップ・ローズの3人が中心になって作ったこのアルバム、ダグのレガシーを充分に踏まえて更に楽曲のスタイルを発展的に昇華した、そんなクオリティの高いパワー・ポップ・アルバムになっていると思います。

Congratulations Im Sorry (back)


前回ご紹介したカウンティング・クロウズ同様、このバンドもその作品の良さに比してなかなか今語られることの少ないバンド。彼らはこのアルバムの成功の後、1997年に一旦解散しますが2002年にこのアルバムのメンバーで再結成、『Major Lodge Victory』(2006)、『No Chocolate Cake』(2010)と数年ごとにアルバムをリリース、現在も新作の最終段階にあるとのこと。新譜が出てもなかなか話題にはならないのでしょうが、彼らが一番の燦めきを放っていた頃のこのアルバムを聴きながら、新作の到着を待ちたいものですね。


<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位10位(1996.3.2付)

テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#113「August And Everything After」Counting Crows (1993)

 #113August And Everythign AfterCounting Crows (Geffen, 1993)


ピョンチャンオリンピックでの羽生・宇野選手の金銀ワンツーフィニッシュで大変盛り上がった先週、そのオリンピックも終盤に向かい2月も後半になる中、外の気候は着実に春に向かって進んできているように思います。うちの庭の早咲きの河津桜はもうこの週末あたりからほころび始めました。春の到来楽しみですね。

今週の「新旧お宝アルバム!」は、どちらかというと春というよりは黄昏れた初秋、といった雰囲気をたたえる成熟した楽曲サウンドと、映画の一場面を切り取ったようなストーリー性の高い歌詞で構成された、とてもクオリティ高い楽曲満載の、90年代アメリカンロックの復興を当時担った代表的バンドの一つ、カウンティング・クロウズの名作の誉れ高いメジャー・デビュー・アルバム『August And Everything After』(1993)をご紹介します。


Counting Crows August Everything After 


90年代作品を改めて評価してみようシリーズ。


そもそもこのコラムや、Facebookで自分が展開している《Song Of The Day》の活動を始めるきっかけになったことなのですが、現在の洋楽聴取人口の過半数を占めていると思われるアラフィフから上、団塊の世代の皆さんが、往々にして大体1990年くらい、場合によっては80年代半ばくらい以降の作品・アーティストを聴こうという方が少ないという問題意識があります

ある意味致し方ないと思うのは、80年代に盛んに行われたシンセ打ち込みサウンド(ローランド社TR808、通称「ヤオヤ」やヤマハ社DX-7などが盛んに使われた)に支配された人工的でチープな楽曲や、創造性や楽曲構成力に乏しいアメリカのハートランド系やスラッシュ・メタル系のバンドがやたら跋扈したことで60・70年代から洋楽を聴いてこられたこの世代の方々の多くは大抵80年代後半には新しい音を追っかけるモチベーションを失って、それまでに発表された作品・アーティストによりどころを求めたという状況があったことです。事実自分もこの時期、一時会社派遣の留学で世俗的な生活を中断したこともあって、上記のような理由であまり洋楽を聴かない時期がありました。


ただ自分にとって幸運だったのは、そこから普通の業務に復帰した93年くらいにたまたま知り合った自分よりちょっと年下の「今のロック・R&Bを聴いている洋楽ファン」の友人たちと知り合い、洋楽ファンサークル「meantime」の運営メンバーの一人としてその時期の「今の音」も含めてどっぷり聴きこむ機会を得たこと。2006年くらいまで続いたこの「meantime」の活動が今の自分の年代やジャンルにこだわらず広くかつある程度突っ込んで洋楽を聴き続けることができるスタイルを作ってくれたと思っています。

先日同世代の洋楽ファンと話をしていて「90年代以降は聴いてないし、聴いて見たけどあまり合わないと思って昔の音ばかり聴いてる」というコメントがやっぱり出てくるのを聴いて、今週のこのコラムは「90年代に登場した素晴らしい作品を是非取り上げたい」ということでこのカウンティング・クロウズの名盤を取り上げた次第。このアーティストとアルバムも、93年当時知り合ったmeantimeのメンバーに教えてもらった作品の一つです。


Counting Crows


前置きが長くなりました。

カウンティング・クロウズのサウンドを一言で表現するのはなかなか難しい。全盛期はラスタヘアーかと思うようなボリューミーで個性的な髪型とちょっとポチャッとした体型からはなかなか想像できないような、心の奥底に訴えてくるような情感たっぷりのボーカルを聴かせるリードボーカルのアダム・ドゥーリッツの個性的な歌唱スタイル。アコースティック・ピアノやハモンドオルガンに加えてアコーディオンの音色が、とてもセピア色でボヘミアンな雰囲気を醸し出す独得の楽器構成。それでいて演奏の軸はしっかりとしたギター、ベース、ドラムスのバンドサウンド。そして極めつけは半分以上の楽曲を書くアダムの、物語を語るかのようなストーリー性が高く、孤独や満たされぬ愛情ややさぐれた気持ちなどを一流の歌詞に乗せてくる表現力。そして何よりもこうした楽曲や演奏、歌唱のスタイルが、80年代のアメリカンロックの典型的なスタイルとは対極的で、むしろ70年代初頭のスワンプやブルーズ、そして今風にいうとザ・バンドに代表されるようなアメリカーナなサウンドに根差していること。


そしてこういうアルバムを作らせたら天下一品のプロデューサー、T-ボーン・バーネットの下、とてもこれがメジャーデビュー作とは思えないほどの成熟した叙情性満点の素晴らしい楽曲群を聴かせるこのアルバム、中でも最も有名なナンバーはリード・シングルとしてラジオ・リリースされて、ビルボード誌エアプレイ・トラック・チャートでも最高位5位の大ヒットとなった3曲目の「Mr. Jones」(当時ビルボード誌Hot 100はフィジカル・シングルの出ない曲はチャートインさせなかったので、この曲のようにラジオエアプレイによるメガヒットはチャートインすらしなかったという事情あり)。

初期のビリー・ジョエルエルトン・ジョンの楽曲の歌詞構成を彷彿させるようなトルバドゥールで饒舌な歌詞の奔流が、エフェクトも何もないギターストロークで始まってだんだんにテンポと楽器を加えていって、ブリッジでは耳に残るサビメロにドライヴされた楽曲としてのカタルシスに達するという、およそ80年代では考えられないスタイルの楽曲。

そして歌詞の内容は、アダム自身と彼の昔からのバンド仲間のマーティ・ジョーンズ(Mr.ジョーンズ)が、サンフランシスコのニュー・アムステルダムというバーでビッグ・スターになる夢を語りながら、Mr.ジョーンズの父親のフラメンコ・ギタリストの弾くギターに合わせて踊る黒髪のフラメンコ・ダンサーを眺める、といった正に映画の一場面のような設定



「Mr.ジョーンズと僕は将来の夢を見ている

そして美しい女達を見つめてる

『ほら、あの娘、君をみてるぜ。違う違う、僕の方を見てるんだ』

明るいスポットライトに立って、僕は灰色のギターを買った

誰もが自分のことを好きなら、寂しくなることも決してないだろう」


この他にもピカの絵への言及や、ボブ・ディランになりたいなんていう歌詞も飛び出すこの曲は、ちょうどNYの留学から帰ってきて日本で日常の仕事の毎日に戻って、何を聴くべきだろうと途方にくれていた自分の耳にすーっと入って来た。ちょうど1992~93年頃というのは、このカウンティング・クロウズの他にも、ブラック・クロウズィランの息子のジェイコブ率いるウォールフラワーズといったような、この後90年代を通じてアメリカン・ロック・シーンを背負っていく新しいバンド達が勃興した時期。その中でちょっとユニークなスタイルのカウンティング・クロウズのサウンドはとても鮮烈に写ったものでした。



アルバムには他にも、夜明けのように静かなエレクトリック・ギターのつま弾きからだんだんに盛り上がっていく、「Mr. Jones」に似た構成で、ナッシュヴィルからやって来たマリアのことを歌うオープニング「Round Here」、アコーディオンが効いてて、典型的アメリカ中西部のネブラスカ州の一都市のことを歌ってるとは思えない「Omaha」、ハモンドオルガンの音色と音数を抑えたギターのつま弾きからサビにかけてレイドバック調に盛り上がるあたりが快感の「Time And Time Again」、マンドリンのイントロがちょっとREMの曲を想起させるけど、曲に入るとストレートなミディアム・テンポのロックの「Rain King」、ゆったりとしたギターのストロークに時々絡むピアノの音色とアダムのボーカルが楽曲全体のスケールの雄大さを演出している「Sullivan Street」、そしてアルバムラストでいきなりギターロックっぽいギターストロークを基調とした、彼らにしてはとてもストレートなロックナンバーながら「人生はあらゆる可能性に満ちているけど、下手をすると小さい時に思ってたよりずっとつまらなく、場合によっては残酷な結果になるから、そうならないように変化を常に求めてそういう連鎖を止めて行かなければいけないんだ」と歌う「Murder Of One」など、今聴いても、70年代のロックの名盤達と全く遜色ない、いやむしろ瑞々しくも新鮮な素晴らしい楽曲でいっぱいです


彼らはこのアルバムの成功で、1996年にはやはり「Goodbye Elisabeth」「A Long December」といったヒットもした名曲を擁するセカンド『Recovering The Satellites』をリリース、90年代を代表するアメリカンロックバンドの一つとしてシーンでの地位を確立。

アダム達はその後も自分たちの音楽スタイルを維持し、その後はこの2枚ほどの商業的成功にはつながらなくとも、4~5年に1枚くらいのゆっくりとしたペースで質の高いアルバムを出し続けて、現在も活動を続けている。現状では最新作となる通算7枚目の『Somewhere Under Wonderland』(2014)もちゃんとアルバムチャートのトップ10に入るヒットになってるし、評論家筋の評価もかなり高いようだ。


Recovering Satellite


同じ頃に90年代のアメリカンロック復興に貢献した他のバンドたち、例えばパール・ジャムらのグランジ系や、先ほど名前の出たブラック・クロウズ、ウォールフラワーズ、そしてよりインディーなベン・フォールズ・ファイヴらに比べると、なぜかカウンティング・クロウズというのは比較的最近語られることが少ないように思ってやや残念

90年代以降の音楽を聴かないシニア洋楽ファンだけでなく、最近洋楽を聴き始めた若い洋楽ファン達も是非これを機会に、カウンティング・クロウズというとてもいい楽曲を聴かせてくれるバンドを「発見」してもらえればこんなに嬉しいことはない


<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位4位(1994.4.2付)

テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

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