Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#116「House Of Music」Tony! Toni! Toné! (1996)

 #116House Of MusicTony! Toni! Toné! (Mercury, 1996)


3月もいよいよ後半に入り、世間は年度末で忙しくなり、花粉症の方はいつになく飛び交う花粉にご苦労されてる中、梅は終わっていよいよあちらこちらでチラホラと桜がほころび始めました。日一日と暖かさと寒さが一進一退するのも今週くらいまでで、いよいよ春本格に突入しそうな季節。そんな今夜(3/19)20時から、自分もいつものクアトロラボから離れて渋谷のMusic Bar 45さんでブースインさせて頂くことになりました。春を感じさせるセットでまったりと行きたいと思ってますので、お仕事帰りの一時お立ち寄り下さい。


さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、また90年代シリーズにちょっと戻って、個人的には90年代のR&Bを代表するアルバムの一つだと思う作品をご紹介。60~70年代の先達たちのグルーヴや空気感を見事に再現しながら、自らの音楽スタイルを頂点に高めるという離れ業を成し遂げた、リリース当時も当時の洋楽ファン、R&Bファンから絶大な支持を受けたのですが、90年代に既に新しい作品から離れてしまっていた多くの60~70年来のR&Bファンの耳に届かなかったこともあり、最近語られることの少ないのが残念な、そんな名盤、カリフォルニアはオークランド出身の3人組のトニ・トニ・トニの4作目『House Of Music』(1996)をご紹介します。


HOuse Of Music 


90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第3弾、R&B編。


80年代後半のシンセやリズムマシーンの打ち込みを多用した人工的なサウンドや、90年代初頭に登場したN.W.A.に代表されるギャングスタ・ラップの台頭など、90年代に入った頃には、残念ながら60年代以降のジャズやブルースを根っこに置いたオーガニックなソウル・ミュージックを支持してきたR&Bリスナー達には新しい音から耳を背けさせる状況が多く揃ってしまっていました。

しかし、前々週も触れましたが、ロックシーンでも60・70年代の音楽スタイルをベースにした音楽スタイルを新しい感性で展開する新しいアーティスト達が出てきたように、90年代はR&Bシーンに取っても、オリジナルのソウル・R&Bミュージックの良さを再評価し、スタイル的にはそこに回帰するアーティストがヒップホップ・シーンも含めて多く輩出して素晴らしい作品を多く作り出した、ある意味「ミュージック・ルネッサンス」のデケイドなのです

ヒップホップ・シーンでは、ラップと言えばストリート性を強調した殺伐とした挑発的なリリックを激しいトラックに乗せて繰り出すというスタイルが主流だったのが、NYを中心としたイースト・コーストとLA・ベイエリアを中心にしたウェスト・コーストの大きな二つのシーンの勃興によって、一気にそのサウンドやスタイルの多様化が進みました。特に70年代ソウルやジャズなどからのサンプリングの活用と複雑なサウンドメイキングによって単なるラップのバックトラックに止まらないレベルの音楽性を内包したトラックメイキングが、DJプレミアDr.ドレ、パフ・ダディP.ディディ)といったサウンドメイカー達によってジャンルに深みと音楽的正当性を加えられたことは、折からのR&B分野におけるオーガニック・ソウル・ルネッサンスの動向とも同期していました

そのR&Bシーンではアメリカでは「ネオ・ソウル」、日本では「ニュー・クラシック・ソウル」または「オーガニック・ソウル」とネーミングは様々でしたが、要は60~70年代のソウルR&Bミュージックのスタイルの再評価とそのスタイルに戻った、シンセや打ち込み等は極力押さえたサウンドで、より伝統的黒人音楽であるソウル、ブルース、ジャズ、ゴスペルなどの要素を持ったスタイルの優れた作品とアーティスト達が多く登場して、大いにシーンを盛り上げました。ディアンジェロ、マックスウェルなど現在も活躍するアーティスト達が登場したのもこの時代です。

そして今日ご紹介するトニ・トニ・トニ(通称トニーズ)もそうしたネオ・ソウル・アーティストの一つであり、このソウル・ルネッサンスの流れを作り出した重要なアーティストの一つなのです


SonsOfSoul.jpg


後にソロとして活動展開するベースとボーカルのラファエル・サディーク、その兄でギタリストのドウェイン・ウィギンズ、ドラムス・キーボードのティモシー・クリスチャン・ライリーの3人によるトニーズの最初の頃のサウンドは、80年代後半ブラック・ミュージック・シーンを席巻したいわゆるニュージャック・スウィングのスタイルでした。その彼らが大きく音楽性をシフトさせたのはこのアルバムの前作『Sons Of Soul』(1993)。

このアルバムにはシングルヒットした「Anniversary」(全米最高位10位)に代表されるより伝統的なR&Bソウル・ミュージックの音楽スタイルに軸足を置いた楽曲が多く含まれ、かつ、彼ら自身が楽曲を演奏し全曲プロデュースすることにより彼ら自身のミュージシャンシップを確立するとともに、ダブル・プラチナ・ディスク認定の彼らに取っても商業的に最も成功したアルバムになりました。

その後、ラファエルは映画『Higher Learning』(1995)のサントラに「スキヤキ」をモチーフにした「Ask Of You」を提供したり、ディアンジェロのシングル「Lady」に参加したりといったメンバー各自のソロ活動を経て3年後、満を持してリリースされたのがこの『House Of Music』でした


このアルバムを端的にいうと、60~70年代の伝統的なソウルR&Bミュージックへの惜しみない憧憬とオマージュを満々に称え、そのスタイルを見事なまでに踏襲しながら、どれ一つとして単なるコピーやなぞりになっているのではなく、トニーズ自身の楽曲として完璧に構成されているという、なかなか当時のそこらのネオ・ソウル・アーティストには真似のできないことを実現しているアルバムです。

「俺たちトニーズがやっているのは、こういう先達達が磨き上げてきた素晴らしい音楽スタイル。そしてこのスタイルで、俺たちは自分たちでないとできない音楽をやっていくんだ」という決意表明をビンビンに感じる作品で、その彼らの矜持は、これだけ先達のスタイルを如実に感じさせながら、一曲としてカバーは含まれていないということにも強く表れています



このアルバムリリース当時も自分はmeantimeという洋楽サークルのアルバム・レビューでこのアルバムを取り上げていますが(当時このアルバムは、4人のスタッフによる合評という評価の高さでした)今聴いても、ラファエルの独白から始まる1曲目の「Thinking Of You」が流れ始めた瞬間に、あのアル・グリーンで有名なメンフィスのハイ・サウンドを彷彿とされるギタ-リフとドッシリとしたドラムス、そして正にアル・グリーンの歌い方を強く意識したラファエルの歌には、思わず笑顔になってしまいます。そこにはメンフィス・ソウルへの強い敬愛があり、このアルバムの素晴らしさを予感させるオープニングです

ジャズ・クラブでのざわめきのようなバックグラウンドノイズの中からゆっくりと立ち上がってくるような「Top Notch」から、アルバム中唯一メンバー以外のプロデューサーとしてDJクイックを迎え、クイックのラップをフィーチャーした「Let's Get Down」はヒップホップ黎明期のソウルとファンクが融合したようなグルーヴで、メーターをぐっと上げてくれます。




ぐっと雰囲気を変えて、ドラマティックスエンチャントメントか、と思ってしまうほど、ギターの音色に至るまでデトロイト・ソウルのバラードの世界を完璧に再現した「Til Last Summer」、70年代後半のマーヴィン・ゲイあたりのグルーヴにスロウなファンク風味を絶妙に配合した、シーラEのパーカッションをフィーチャーした「Lovin' You」、60年代のアトランティック系サザン・ソウル風味でギターとオルガンと抑えめのリズム・セクションで思わずソウルファンは昇天しそうなStill A Man」、モータウンホランド・ドジャー・ホランドを彷彿させる軽快なリズム・リフに乗ってラファエルスモーキー・ロビンソンを意識した艶のあるボーカルを聴かせる「Don't Fall In Love」、フェンダーローズの演奏は70年代スティーヴィー・ワンダーの世界で、サビのファルセットはスタイリスティックスラッセル・トンプキンスJr.ばりなのがこちらもニヤリとさせてくれる「Holy Smokes & Gee Whiz」などなど、もう聴きこんでいくうちにソウルR&Bファンはどんどん虜になること請け合いの楽曲が次々に登場


そしてここまで聴いて来て気が付くのは、このアルバム、キーボードはハモンド・オルガン、フェンダーローズやエレピ、アコースティック・ピアノだけであり、シンセサイザーはおそらくほとんど使用していないと思われること。また曲の録音もメンバーが持ち寄った曲を1ヶ月かけてリハーサルした後、スタジオライブの一発録りだった、といいますから、このアルバム、バックの演奏も含めて真の意味でのオーガニック・ソウル作品だったということになります。


アルバム後半がややダレ気味になりそうになるところを、ストリングスを配してドラマティックに盛り上げる「Let Me Know」や、アース・ウィンド&ファイヤの70年代後半のバラードを彷彿させるキメのリズムがタワー・オブ・パワーのホーンセクションとも絶妙のグルーヴを醸し出す「Wild Child」といったまたまた素晴らしいメロディと美しい演奏による楽曲が支えて、アルバムクロージングは先ほどの「Lovin' You」のメロディをアコースティック・ピアノとハモンド・オルガンとアープ・シンセ(アルバム中唯一ハッキリとシンセの使用が分かるのはここだけ)が分厚いアンサンブルで無茶苦茶スローダウンしたインストで短く締めるリプリーズ・バージョンで。終わった後、思わず満足のため息が漏れそうな、そんな素晴らしい聴後感

House Of Music (back)


リリース時も、当時盛り上がっていたネオ・ソウルの頂点を極めた傑作として評価の高かったこのアルバム、残念ながらマーキュリー・レーベルのプロモーションが今ひとつだったのか、チャート的には前作を下回る成績に終わっています。しかし、20年以上経った今でも瑞々しさに満ちたこの作品、90年代R&Bを代表するソウル・クラシックの1枚と言っていいと思います

アルバムタイトルは、メンバーが少年の頃オークランドの地元にあったレコード店の名前から取られたそうで、ラファエル曰く「あの頃あの店に溢れていたいろんな音楽にワクワクしたように、このアルバムを作る過程はメンバーがそれぞれ作った曲を持ち寄ったのにもかかわらず、あの時を思わせるようないい雰囲気でセッションできたのでこの名前にしたんだ」とのこと。ドウェインは自分のスタジオにもこの名前を付けるなど、このアルバムのできる過程はメンバーに取っても特別なものだったようです


この作品を出した後残念ながらメンバー間の意見の対立からバンドはこのアルバムを最期に1997年惜しまれながら解散。ラファエルアン・ヴォーグドーン・ロビンソン、ア・トライブ・コールド・クエストアリ・シャヒード・ムハマッドとのルーシー・パールの活動や、『Instant Vintage』(2002)、『Ray Ray』(2004)、『The Way I See It』(2008)、『Stone Rollin'』(2011)といったソロアルバム発表、更にはあのジョス・ストーンの『Introducing Joss Stone』(2007)のプロデュースなど多彩なソロ活動を展開。ドウェインは、後にスーパースターとなるデスティニーズ・チャイルドを見いだし自分の事務所に契約して成功を収めた他キーシャ・コールアリシア・キーズらの作品のプロデュースなど、その後も脈々と続くネオ・ソウルの系譜をサポートする裏方として活躍している様子


90年代のクラシック・ソウル・ルネッサンスの動きを支えたトニーズの最高峰であるこのソウル・クラシック作品を、桜の香りが漂い始めた春の空気を感じながら是非改めて楽しんでみてはいかがでしょうか。


<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 プラチナ・アルバム(100万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位32位(1997.2.1付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位10位(1996.12.7付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#115「Body Heat」Quincy Jones (1974)

 #115Body HeatQuincy Jones (A&M, 1974)


先週のアカデミー賞発表ではギエルモ・デル・トロ監督の『The Shape Of Water』が作品賞・監督賞他計4部門を受賞して、2004年第76回アカデミーの『ロード・オブ・ザ・リング~王の帰還』以来のファンタジー作品による作品賞受賞に沸き返りました。ああしてみるとやっぱり映画っていいなあ、と思ってしまいます。作品賞ノミネートの映画、今回は一つも見てないのでボチボチ見ていかなきゃ、と思う今日この頃。


さて外は着実に春に向かう中、先週お休みしてしまった今週の「新旧お宝アルバム!」は、90年代シリーズからちょっと離れて久しぶりに70年代に行ってみたいと思います。ちょうどベトナム戦争が終わり、公民権運動の名残も落ち着いて、建国200年を目前にアメリカが豊かで明るい時代に突入していた頃、アメリカの音楽シーンも多くのミュージシャン達がその音楽スタイルを少しずつ変貌させていた時代。そんな時、後に『スタッフ・ライク・ザット』(1978)、『愛のコリーダ (The Dude)』(1981)により一気にブラック・ミュージックのメインストリーム化を推し進め、マイケル・ジャクソンの『Off The Wall』(1979)『Thriller』(1982)『Bad』(1987)といったメガアルバムのプロデュースで名実ともにアメリカのポピュラー音楽界に君臨することとなるクインシー・ジョーンズが、それまでのジャズや映画TV音楽作曲から、一気にソウルR&Bへ接近して上記のような後のキャリア展開への基礎を築いた重要作品、『Body Heat』(1974)をご紹介します。


Body Heat


トレイルブレイザー(trailblazer)という言葉をご存知でしょうか。


荒れ地や未開の森林などの道なき道(trail)を進みながら後に続く者達のために目印を付けていく(blaze)者、ということでその分野の先駆者、日本語でいうと「パイオニア」に当たる言葉で、アメリカではそうした分野の先駆者を称える時に頻繁に使われる言葉です。


クインシー・ジョーンズというと、どうしても『愛のコリーダ』やマイケル・ジャクソンとの80年代の仕事のイメージが強い方が多いと思われ、最初からポピュラー系ブラック・ミュージックの世界の大御所と思われがちですが、クインシーは正に黒人音楽界を代表するトレイルブレイザーとして、60年代後半~70年代にかけて白人中心社会だったポピュラー音楽界に多くの足跡を残した実績をもっと高く評価すべきミュージシャンでありアレンジャー・プロデューサーだったのです。


シカゴのサウス・サイドのごく普通の黒人家庭に生まれ育ったクインシーが、ティーンエイジャーの頃から音楽に没頭してその高校や大学で才能を磨き、バークレー音楽院への奨学金を得たことによって大きく道を開かれて、卒業後は当時既にジャズの大御所だったライオネル・ハンプトンのバンドのトランペット奏者としてプロ入り。1950年代をジャズの世界で過ごしている中、1960年に当時のマーキュリー・レコード社長のアーヴィング・グリーンに認められて同レーベルNYの音楽ディレクターに就任。

1964年にはクインシーに映画監督のシドニー・ルメットが自分の映画『質屋(The Pawnbroker)』の音楽を頼み、これのヒットで次のフェーズに

ここから60年代~70年代初頭にかけてシドニー・ポワチエ主演の『夜の大捜査線(In The Heat Of The Night)』(1967)、ゴルディー・ホーンアカデミー助演女優賞受賞の『サボテンの花(Cactus Flower)』(1969)、スティーヴ・マックイーン主演の『ゲッタウェイ (The Getaway)』(1972)などなど計33本の映画音楽を手がけた他、『鬼警部アイアンサイド』『The Cosby Show』など数々のTV番組の音楽も担当。一気にジャズの世界からポピュラー音楽の世界にその存在感を高めました

1968年のアカデミー賞ではアフリカ系アメリカ人として初の最優秀オリジナルスコア部門でのアカデミー賞ノミネート、1971年にはアフリカ系アメリカ人として始めてアカデミー賞授賞式の指揮者を務めるなど、この時期のクインシーはトレイルブレイザーの面目躍如たる活躍ぶりでした。


その彼が70年代に入りジャズやポピュラー音楽ではなく、急速にソウルR&Bの世界に接近していった多分一つの理由がスティーヴィー・ワンダーの活躍

高校時代レイ・チャールズと同級生だったクインシーは、新しい世代のアフリカ系アメリカ人の音楽表現者としてのスティーヴィーに感銘したのでしょう、自らもよりソウルR&B寄りの楽曲を含むアルバムを制作しはじめ、1973年にリリースした『You've Got It Bad Girl』では自らのそれまでの作品のジャズっぽいリメイクに加え、スティーヴィーの『トーキング・ブック』(1972) から「迷信」とアルバムタイトル曲「You've Got It Bad Girl」と取り上げていました。


その彼が満を持してリリースしたのが、「ソウル・ジャズ」というその後70年代の一つのトレンドを作り出した作品となったこの『Body Heat』。

バックにはデイヴ・グルーシン、ハービー・ハンコック、ボブ・ジェームズ、リチャード・ティー等などジャズの名うてのミュージシャン達に加えて、その後ソウルR&Bの世界で大物となるリオン・ウェア(R&Bシンガーでマーヴィン・ゲイI Want You」の作者)やミニー・リパートン、アル・ジャロウといったボーカリスト達を配して「ソウルっぽいジャズ作品」ではなく、ソウルとジャズが渾然一体となった作品を作り出したのです



冒頭のアルバム・タイトル・ナンバーから、リオン・ウェアのボーカルを、ミニー・リパートンを含むバックコーラスが寄り添うようにサポートする、紛れもない70年代R&Bの意匠満点の楽曲展開。バックでは多分デヴィッド・T・ウォーカーと思われるR&Bの歌伴的に出入りする匠のギター・フレーズや、デイヴ・グルーシンによるアープ・シンセの音色がスティーヴィー・ワンダーの70年代作品のような雰囲気を醸し出します。

続く「Soul Saga (Song Of The Buffalo Soldier)」でも切れ味鋭いギター・リフをバックに基本ワンコードで延々とエスニックなリズムを展開するグルーヴ満点の楽曲。ここでソウルフルなボーカルを聴かせるのはセッション・ボーカリストとして名高いジム・ギルストラップ

ぐっとアフターアワーズっぽくスローダウンした哀愁感漂うメロディに乗って作者でもあるバーナード・アイグナーのボーカルが聴ける「Everything Must Change」は、後にジョージ・ベンソンやランディ・クロフォードらがカバーした今ではソウル・クラシックと言っていい有名曲アイグナーはこの直後あのマリーナ・ショーの名盤『Who Is This Bitch, Anyway?』(1974)のプロデュースでR&B界に大きな足跡を残すシンガーソングライター(残念ながら昨年72歳で他界)であり、このアルバムで彼をいち早く起用したクインシーのセンスは、この後自分のアルバムでジェイムス・イングラムやタミアといった新進シンガーを紹介し続けた実績にもつながっているものです

アルバムA面はこの後またブラスとギター・リフが交互に登場して、70年代中期のアース・ウィンド&ファイヤークール&ザ・ギャングっぽいダウン・トゥ・アースなファンキー・ナンバー「Boogie Joe The Grinder」を先ほどの「Everything Must Change」の短いリプリーズ・バージョンが挟んで静かに終了。



アルバムB面はクインシーリオン・ウェアの共作「One Track Mind」でスタート。このアルバムでも比較的ジャズ寄りの楽曲ですが、ブラスをフィーチャーしたスローファンクのこのナンバー、延々とバックコーラス隊が出入りして歌うR&B的スタイルはここでも明確。イントロのギターは聴いた瞬間にエリック・ゲイルと分かる「Just A Man」もまた後のクルセイダーズ当たりのフュージョンっぽい楽曲スタイルである意味このアルバムでは異色ですが、ここでルーズな感じなグルーヴを持ったボーカルを聴かせているのはクインシー御大ご本人

このアルバム唯一ボーカルをフィーチャーしていない、ある意味一番ジャズっぽいナンバーが次の「Along Came Betty」。ヒューバート・ローズのフルートが一種独特の雰囲気を醸し出して、クインシー得意の映画音楽かTV番組音楽のスコアっぽい感じを聴かせてくれます。

そしてアルバムはある意味このアルバムの中心的な意匠とでも言える、ソウルR&Bスタイルの極致、共作者の一人リオン・ウェアミニー・リパートンがそれぞれソロ・ボーカルを取り、要所要所にアル・ジャロウのボーカル・エフェクトがフィーチャーされているという、もうソウル・グルーヴ満点の「If I Ever Lose This Heaven」でフィナーレを迎えます。ご存知アヴェレージ・ホワイト・バンドが後にアルバム『Cut The Cake』(1975)でカバーし、シングルヒットにもなったナンバーですが、今考えるととても贅沢なラインアップによって渦巻くようなグルーヴを作り出している素晴らしいバージョン。ここでもヒューバート・ローズのフルートがとても効果的にフィーチャーされています。


Body Heat (back)


このアルバムは当時ジャズ・アルバムとしては異例の全米アルバム・チャートのトップ10に入る大ヒットとなり(今に至るまでクインシーに取って最もチャート上ヒットしたアルバムです)、ジャズというジャンルが一部のコアなジャズファンだけではなく、黒人ポピュラー音楽の一ジャンルとして認識され、より多くのジャズ作品がメインストリームに受け入れられるようになった、ある意味トレイルブレイザー的作品になったのです

これによって恩恵を受けたのが『Mister Magic』(1975)が全米10位のブレイク作となったサックス奏者のグローヴァー・ワシントンJr.であり、当時まだファンクバンドだったEW&Fモーリス・ホワイトと組んで見事なソウル・ジャズアルバム『Sun Goddess』(1974)をヒットさせたラムゼイ・ルイスであり、そして『Breezin'』(1976)がいきなり全米1位になっただけではなく、その年のグラミー賞最優秀アルバムにノミネートされ、メインストリームに一躍躍り出たジョージ・ベンソンといった、それまでジャズの世界で実績を作り上げてきたアフリカ系アメリカ人のミュージシャン達でした。


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その後ソウルR&Bとジャズの蜜月関係は、フュージョンの登場によってポップ・ミュージックへの接近でより多様化していくわけですが、この『Body Heat』で作り上げられたよりアフリカ系アメリカ音楽的なグルーヴを持ったダウン・トゥ・アースな音楽スタイルからは徐々に遠ざかって行くことになります。そしてクインシーは「ポップに行くんだったら思いっきりポップに行ってしまえ!」ということで『愛のコリーダ』やマイケルとの一連のコラボによってその王国を築いて行くことになるのです。

最近のインタビューでの放言が物議を醸しているクインシーですが、彼が60年代以降現在に至るまで残している実績を考えるとまあああいう放言もアリなのかな、と思ってしまうところがクインシー御大の大物たるゆえん。その彼のキャリアの転機となったこのアルバム、改めてじっくり聴いてみることをお勧めします。


<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 ゴールド・アルバム(50万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位6位(1974.11.2付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位1位(1974.7.6付)

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