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Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#155「Con Todo El Mundo」Khruangbin (2018

 #155Con Todo El MundoKhruangbin (Night Time Stories, 2018)


心なしか先日の台風が過ぎてから、あの厳しかった暑さがちょっと和らいで、朝夕に吹く風に何となく秋の気配を感じるようになってきた今日この頃。8月ももう終わろうとしている中、音楽を楽しむにはまたまたいい季節になろうとしています。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアーティストの中で、先日自分もフジロック・フェスティバルでそのライヴを体験した、テキサスはヒューストン出身の、今一番不思議な、それでいて一度聴くとどんどん引き込まれていく、ある意味中毒性のあるサウンドを聴かせてくれる3人組、クルアンビンのアルバム『Con Todo El Mundo』(2018)をご紹介します。

Con Todo El Mundo 

クルアンビンのサウンドを一言で説明するのは難しいのですが、敢えてレッテルを貼ってしまうことを恐れずに言うと「ワールド・ミュージック、特にタイやアラブのファンクやポップ・ミュージックに影響を受けたサウンドを展開するインスト・オルタナティブ・ロック・バンド」ということになるでしょうか。

そもそもグループ名の「クルアンビン」というのはタイ語で「飛行機」という意味らしく、主要メンバーのマーク・スピア(ギター)とローラ・リー(ベース)が知り合ったのも、二人ともタイ・ファンク・ミュージックに興味を持っていて友人を通じて紹介されたのがきっかけといいますから、アメリカ人である彼らがタイやイラン、トルコといったアジアから中東の音楽に影響を受けたサウンドを奏でているのは彼らにとっては自然だったのです。

この二人に同じくヒューストン地元の教会のゴスペル・バンドでマークと一緒だったドナルド・レイ "DJ" ジョンソンJr.がドラマーとして加わって、2010年頃に今のクルアンビンがバンドとして誕生。そこから3人はマークの家族が持っていたヒューストン郊外の大きな納屋に集まり、演奏の練習や曲作り、演奏した楽曲の録音などを繰り返して、バンドとしてのパフォーマンス・レベルを磨いたとのこと。

Khruangbin.jpg

彼らがそのタイ・ファンクに影響を受けた、およそアメリカのバンドとは思えない音像とグルーヴを持った楽曲で2015年に初のフル・アルバム『The Universe Smiles Upon You』をリリースすると、その独特な音楽スタイルがシーンの注目と評価を得て、イギリスのザ・ガーディアン紙の選ぶ「今週の注目バンド」に選ばれるなど、次第に多くの耳目を集めて行きます。その間彼らはファーザー・ジョン・ミスティマッシヴ・アタックらのツアーのオープニング・アクトを務めたり、グラストンベリーボナルー、コーチェラSXSWといった英米の大きなロック・フェスにも出演して、フォロワーを増やしていったのです。

もう一つ特筆すべきは、彼らが単なるワールド・ミュージック・バンドではなく、その基礎にはR&Bやヒップホップ、サイケデリック・ロックやファンクといった、ベースとドラムビートを強く打ち出した欧米系の音楽スタイルも絶妙にブレンドされていること。彼らはイギリスのインターネット・ラジオで「AirKhruang」という番組のホストもしているなど、様々な形で彼らの独特の音楽性を表現する活動を行っています。

彼らが今年参加した南カリフォルニアで開催のコーチェラ・フェスティバルでは、そうしたもう一つの音楽性を証明するかのような、ヒップホップの有名曲とそれらにサンプリングされている曲のインスト・メドレーを演奏してオーディエンスに大いに受けた様子がYouTubeでアップされています。その時演奏したのは、

  • Dr.ドレの「Next Episode」(デヴィッド・マッカラムThe Edge」)
  • アイス・キューブIt Was A Good Day」(アイズレーFootsteps In The Dark」)
  • ウォーレンGRegulate」(マイケル・マクドナルドI Keep Forgettin'」)
  • Dr. ドレNuthin' But A 'G' Thang」(リオン・ヘイウッドI Want'a Do Something Freaky To You」)

といったところ。R&B/ヒップホップ・ファンであれば間違いなく狂喜乱舞する、そんなパフォーマンスと選曲ですよね。

そして昨年2018年に、前作のワールド・ミュージック的アプローチを更に発展させて、今度はタイ・ファンクに加えて中東のイラン・ポップや、スペインの音楽などの要素を加えて、さらに中毒性の高い、催眠性がありながら妙に覚醒感もあるインスト・ロックを詰め込んでリリースしたのが今日ご紹介する「Con Todo El Mundo」。スペイン語で「すべての世界と一緒に」という意味のタイトルのこのアルバム、その名の通り欧米のファンク、R&B、サイケデリック・ロックと、東南アジアのファンクやダンス歌謡、そして中東のポップスといった世界のあらゆる音楽要素をごった煮のようにしながら、すーっと聴かせてくれます。

冒頭の「Cómo Me Quieres」から最後の「Friday Morning」まで、一貫した楽曲スタイルは、マークのラウンジっぽい音色で眠気を誘うようなギターがローラDJのソリッドなビートに乗り、ところどころで欧米の音楽には登場しないようなギターのトリル・フレーズ(素早く異なった音をハンマリング・プリングオフでメロディのように演奏するフレージング)が楽曲のアジアっぽさを演出するというもの。ボーカルはほぼなく、時々ローラがフレーズをシャウトする「Lady And Man」が例外なくらいで、後は入ってもドリーミーなコーラスが時折入るくらい。

特にマークのギターのトリルは、メロディのエキゾチックさとも相まって、あたかもバンコックのダンスクラブか、テヘランのライヴハウスにいるかのような気分になります。そして同じく一貫しているのが、ビートの効いた楽曲ばかりなのに、チル・アウト・ミュージックとして極めて優れているということ。

フジロックのステージを観たときもそうでしたが、彼らの音楽が演奏されると、そこはもう異空間、不思議なグルーヴとチルアウトなヴァイブで満たされるのです。まだまだ知名度は高くないからゆっくり観れるな、と思って彼らが演奏するフィールド・オブ・ヘヴンのステージに行くとものすごい数のオーディエンスで盛り上がっていてびっくり。まだ商業的には成功していませんし、メディアへの露出もこれからでしょうが、既に彼らの中毒性の高いサウンドの虜になった人は意外に多いようです。中でもこのアルバムでもハイライトの一つ、このアルバムで多分一番マークが早弾きをしているイラン風味満点の「Maria También」などではオーディエンス大喜びでした。

この他にも、このアルバムで最も東南アジア的なメロディを聴かせてくれる「Shades Of Man」や、逆にこのアルバムで最も欧米的なライト・ファンクを心地よく聴かせてくれる「Evan Finds The Third Room」、無国籍なドキュメンタリー映画のサウンドトラック・スコアのような静かで心を静めてくれるその名も「A Hymn」などなど、彼らの引き出しの多さとそれらを一貫して支えるグルーヴの快感に、アルバムを聴き終わるまでには酔いしれてしまいます。

これから涼しい気候に向かう晩夏、クルアンビンのサウンドをバックトラックにしてアウトドアでバーベキュー・パーティなどやるととても気持ち良さそうですね。皆さん夏が終わって秋になってもいい音楽を!

Con Todo El Mundo (back)

<チャートデータ>
全英アルバムチャート 最高位82位(2018.8.2付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#154「Guitar Town」Steve Earle (1986)

 #154Guitar TownSteve Earle (MCA, 1986)


長いことかけて日本を横断していた台風10号も去り、また猛暑の毎日、皆さんいい音楽で暑さをしのいでますか?この週末はサマソニで大いに盛り上がった方も多かったのでは。そしてこういう暑いときこそ、熱い音楽を聴いて大いに盛り上がって暑さを吹き飛ばしたいですね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は80年代に戻ってみます。当時ソングライターとしての実績を踏まえて鮮烈にデビュー、その時その時の社会情勢や自らの心情を吐露するアルバムを多く世に出す一方、結婚と離婚、ドラッグやアルコール依存症による健康問題、不法銃器所持で拘留されるなど波瀾万丈の人生を送りながら、今も力強く自分の歌を作り歌い続けている80年代ネオ・カントリーの旗手、そして今に脈々と続くオルタナ・カントリー・ロックの先駆者、スティーヴ・アールの鮮烈なデビュー盤『Guitar Town』(1986)をご紹介します。

Guitar Town 

アメリカーナ・ロックや、オルタナ・カントリー・ロックのアーティストを既に多く聴き親しんでいる洋楽ファンの間では、スティーヴ・アールという名前は既に説明する必要のないくらい、こうしたジャンルの先駆者として、そしてシーンを常にリードするアーティストとして知れ渡っていますが、こうしたジャンルに親しんでいない洋楽ファンには、ひょっとしてあまり聴き覚えのない名前かもしれません。

テキサス州はサン・アントニオという南部のど真ん中で育ったスティーヴは少年の頃から体制や家庭に反抗的だったようで、16歳で高校をドロップアウトして、当時彼が憧れていた伝説のカントリー・シンガーソング・ライター、タウンズ・ヴァン・ザントを追ってミュージシャンの世界に飛び込みました。

1970年代にナッシュヴィルに移り、ソングライターとしてのキャリアを開始、80年代に入る頃にはジョニー・リーコニー・スミスといったベテラン・カントリー・ミュージシャンが彼の曲を取り上げてヒットさせるに至り、彼の名前がシーンで少しずつ浸透。1986年にメジャー・レーベルのMCA(現ユニヴァーサル)と契約、リリースしたのが今回ご紹介する『Guitar Town』です。

Young Steve Earle 

このアルバムは当時大きな評価を持って迎えられ、スティーヴハンク・ウィリアムスウェイロン・ジェニングス、タウンズ・ヴァン・ザントといった伝統的カントリーの巨人たちのみならず、ブルース・スプリングスティーンジョン・メレンキャンプといった70~80年代を彩った硬派アメリカン・ロック・アーティスト達の影響も強く感じられる、いわばネオ・カントリー・ロックの旗手として鮮烈なデビューを飾ったのです。

このアルバムは当時としてはカントリー界ではまだ珍しかった、三菱X-800というDAT(デジタル・オーディオ・テープ)を全面的に使ったデジタル録音だった、というのも新しいネオ・カントリーの時代を象徴する事実でしたし、彼はこのアルバムでこの年の第29回グラミー賞では最優秀男性カントリー・ボーカル部門と最優秀カントリー・ソング部門にノミネートされるなど、一気にその存在をシーンで確立しました。

そんな状況でリリースされたこのアルバム、全編を通じてまだ若いスティーヴ(当時まだ31歳!)が意欲とエネルギーを存分に自ら書いた楽曲の演奏に満ちあふれている、聴くごとに元気の出るアルバムです。


アルバム冒頭のタイトルナンバー「Guitar Town」は当時第2弾シングルとしてリリース、彼の初のカントリーチャートトップ10ヒット(最高位7位)となったスティーヴ初期の代表曲。骨太のギターのリフをバックにウェイロン・ジェニングスあたりを彷彿するような伝統的カントリー・スタイルのミディアム・ナンバーですが、伝わってくるグルーヴは既にロックンロールのそれです

続く「Goodbye's All We've Got Left」はブルース・スプリングスティーンの初期のナンバーを思わせるようなミディアム・テンポのロック・ナンバー。この2曲は大変強力で、アルバム始まってこの2曲を聴くと、この手の音楽好きの方であれば一気にハマってしまうこと請け合いですね。この曲もシングルカットされ、同じくカントリー・トップ10ヒット(最高位8位)になりました。


同じくカントリー・チャートで小ヒットとなった「Hillbilly Highway」はアコギとウッドベースだけでシンプルに歌われるウォーキング・リズムのヒルビリー・スタイルの曲。このようにカントリーの伝統的なスタイルとロックンロールのスピリット満点のスタイルを交互に、あるいは曲によっては渾然一体と聴かせるというのが、今までを通じて一貫したスティーヴのスタイルで、彼の作品の魅力の最たるところです。

そして今度はジョン・メレンキャンプの曲をハンク・ウィリアムスが歌ってるかのような、ハートランド・ロック調の「Good Ol' Boy (Gettin' Tough)」、シンプルなアコギだけの弾き語りでスティーヴのボーカルの魅力が炸裂する「My Old Friend The Blues」と続いてアルバムA面が終わります。

アルバムB面は、一瞬イントロがイーグルス初期を連想させてくれますが、スティーヴのボーカルとエレキギターのリフが入ると一瞬に彼のカントリー・ロックの世界に突入する「Someday」でスタート。ラウンジ・ギター風のリフがネオ・ロカビリーで2:15という短さが潔い「Think It Over」(そういえばこの1986年という年は当時のネオ・ロカビリーの旗手、ドワイト・ヨーカムのデビューの年でもありました)から、このアルバムでは一番カントリー・ポップっぽいイントロとアレンジで、おそらく当時カントリーだけでなくメインストリームのエアプレイも狙ったと思われる、それでもスティーヴっぽいゆったりとした佳曲「Fearless Heart」とB面は少し落ち着いた感じのトーンで進みます。


Little Rock 'N' Roller」は、アーカンソーのトラック・デポで見かけた少年をロックンローラーに模して「君のパパはまたしばらく帰って来ないけど、心配しなくていいよ/おやすみ、チビのロックンローラー/君も大きくなったらバスに乗って出かけて、全てはオーケー/それまではママと一緒にいるんだ」と父と子の関係を思わせるような静かな曲。他の曲の歌詞がこの頃はまだ普通のカントリー系楽曲のテーマ(男同士のつきあいの楽しさ、こんな街は出て行ってビッグになるんだ、失った恋に対する後悔、などなどお馴染みのテーマです)がほとんどの中で、この曲だけはちょっと異色な感じがします。

この頃スティーヴはおそらく自分の前途は可能性に満ちていると実感していたでしょうし、希望で一杯だったろうと思われます。この時点で既に彼は三回の結婚・離婚を経験し(笑)、ちょうど2000年代後半から才能に溢れたオルタナ・カントリーのシンガーソングライターとして活躍している息子のジャスティン・タウンズ・アールタウンズというミドルネームはもちろんスティーヴのアイドル、タウンズ・ヴァン・ザント由来です)が生まれて間もない頃で、プライベートでも充実した時期だったと思われるので、このアルバムのポジティヴなパワーとこの先を見つめる意欲に満ちた雰囲気は非常によく判ります。

Guitar Town (back)

ただこの後スティーヴは1987年に2枚目『Exit 0』、1989年には彼の初期の傑作と言われる3枚目『Copperhead Road』、そして4枚目『The Hard Way』(1990)をリリース後、90年代前半はドラッグ依存のためまったく活動を停止、MCAからも契約更新を断られることに。この時期彼はヘロインやコカインの不法所持、そして銃器不法所持で60日間の拘留をくらうなど、プライベートでは最低の時期だったようです。

しかしその後90年代後半から活動を再開、インディーからリリースしたフォーク・アルバム『Train A Comin'』(1995)は商業的には成功しなかったものの第38回グラミー賞では最優秀コンテンポラリー・フォーク・アルバム部門にノミネートされるなど次第にシーンへの復活を果たし始めます。

Transcendental Blues 

自らのレーベル、E-Squareレコードを立上げてリリースした『I Feel Alright』(1996)を皮切りにここから2000年代にかけては彼の第2期の充実した活動時期に。個人的にこの時期の傑作だと思う『Transcendental Blues』(2000)や、9-11同時多発テロ以降急速に右傾化するアメリカを憂えて反戦、そして死刑制度に反対するという思いテーマに満ちた名盤『Jerusalem』(2002)など政治的なスタンスを明確にした(彼は前回の大統領選でもバーニー・サンダースを支持するなど、社会主義派リベラリストを自認しています)作品をリリースする一方、自らのアイドルへのトリビュートアルバム『Townes』(2009)をリリースするなど、音楽活動の絶頂期。一方、2005年には、カントリー・シンガーであのシェルビー・リンの妹としても知られるアリソン・ムーラーと7回目で今のところ最後の結婚(笑)をし、息子のジャスティンも4枚目のアルバム『Harlem River Blues』(2010)で見事メジャーシーンブレイクを果たすなど、プライベートでも最高の時期だったのです。

アリソンとは2014年に離婚してしまいましたが、その後もスティーヴは、T-ボーン・バーネットをプロデューサーに迎え、ハンク・ウィリアムスの曲のタイトルから取った『I'll Never Get Out Of This World Alive』(2011)と同タイトルの小説を上梓、拘留中に直接激励のメッセージを送ってくれたという彼のヒーローの一人、故ウェイロン・ジェニングスに捧げたハードコアなカントリー・アルバム『So You Wanna Be An Outlaw』(2017)、そして駆け出しの頃にバンドメンバーとしてメンターの一人として仰いでいた故ガイ・クラークへのトリビュート・アルバム『GUY』(2019) など、気骨とミュージシャンシップに溢れたアルバムをコンスタントにリリースし続け、今でもオルタナ・カントリー/アメリカーナのシーンで中堅・若手のアーティスト達のインスピレーション的存在として活躍を続けています

Steve Earle now

この『Guitar Town』の若々しくセクシーな風貌から、今は毛もなく(笑)体型も二回りほど大きくなり、髭伸ばし放題と全くイメージが変貌してしまったスティーヴですが、彼の体には熱いミュージシャンとしての血が未だに脈々と流れている、そんな心動かされる彼のレコード

熱い夏だからこそ、従来からの彼のファンであれば今一度彼の原点でもあるこのアルバムに耳を傾けて、彼の音楽への感動を新たにし、彼の名前を初めて聞いた洋楽ファンの方には、こんな熱いアーティストがいるんだ、というを是非知って、そして彼の音楽を楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ> 
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位89位(1986.11.15-22付)
同全米カントリー・アルバム・チャート 最高位1位(1986.11.8付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#153「The Broken Instrument」Victory (2018)

#153The Broken InstrumentVictory (Roc Nation, 2018)


いよいよお盆の週に入り8月も半ば。3連休に休暇をくっつけてゆっくりと実家や旅先でくつろいでおられる方も多いのでは。暑さは相変わらずですが、朝夕のちょっとしたところに少しずつ秋の気配も感じられるここ数日、今週は台風の来襲も予想されてますが、体調と天気には気を付けて、暑い夏もう少しですので、いい音楽で乗り切りたいものです。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」はそのR&B、ジャズ、ゴスペル、フォークといった様々な音楽の要素を見事に自らの作品に練り上げて昨年メジャーデビューした、デトロイト出身、ニュージャージー在住の女性R&Bシンガー、ヴィクトリーことヴィクトリー・ボイド嬢の素晴らしいアルバム『The Broken Instrument』(2018)をご紹介します。

TheBrokenInstrument.jpg

ここ10~20年くらいのメインストリームR&Bって、1990年代が一大オーガニックR&Bの復興期だったのに比べて、どちらかというとエレクトロ系やダンス・ポップ系にヒップホップ・テイストを色濃く織り込んだタイプのアーティスト、楽曲がメインストリームやヒットチャートの上位を占め続けています。2000年代にエレクトロ・ヒップホップサイドからのそうしたアプローチでこのジャンルのメイン・アーティストとなったのがフランク・オーシャンを代表とするオッド・フューチャー系のアーティスト群ですし、つい最近初アルバムをリリースしたチャンス・ザ・ラッパーなどもそうしたアーティストの一人でしょう。同じエレクトロでもよりR&Bサイドからのアプローチでビッグになったカリードケラーニ、ジェネ・アイコといったアーティストもシーンで活躍しています。

そしてそうしたコンテンポラリー・メインストリームR&Bは言わば「売れる音楽スタイル」として、アリアナ・グランデを筆頭とする非アフリカン・アメリカン系ポップ・アーティスト達にもスタイルとして取り入れられ、全体として一つの今のR&B系スタイルとしてジャンル確立されている感があります。

一方、1990年代のオーガニックR&Bの流れ(というか1970年代以来のR&Bの流れ)を脈々と継承しながらコンテンポラリーなスタイルで聴かせるアーティストも当然健在で、最近ではエラ・メイH.E.R.カニエ・ウェストのプロデュースによるテイアナ・テイラーなど、古くからのR&Bファンのハートをしっかり掴む楽曲や歌唱を聴かせるシンガー達も健在です。

今日ご紹介するヴィクトリーは、そうした伝統的なR&Bスタイルにジャズやゴスペル、フォークといったある意味ポップ・メインストリームとは一線を画するスタイルを見事に融合させた自作の楽曲を、自ら敬愛するというニーナ・シモンや70年代女性シンガーソングライター的アプローチで見事な世界観で聴かせてくれる、そんなシンガーです。

彼女の魅力はそんなメインストリームではないけど、黒人音楽やシンガーソングライターの楽曲が好きなオーディエンスに強くアピールする楽曲に加えて、彼女自身のボーカルにもあります。ややハスキーでスモーキーな感じのする彼女のボーカルは、そのジャジーでシンガーソングライター的なスタイルもあいまって、個人的にはトレイシー・チャップマンや、最近イギリスから出てきたジョージャ・スミスといった自らのボーカルスタイルの個性をしっかり持ったアーティスト達を想起させました。

Victory Boyd

もともとデトロイトで家族で幼少の頃から9人兄弟と父親ジョンと一緒に音楽活動をしていたヴィクトリーは、12歳の時にニュージャージー州のノース・バーゲンに移住。それからはハドソン川を挟んだマンハッタンはセントラル・パークやニューヨークの地下鉄でバスキング(ストリート・パフォーマンス)をしていたといいます。

彼女のブレイクのきっかけは、彼女達が定位置としていたセントラル・パークベセスダの泉横でバスキングしていたところ、2016年第58回グラミー賞の新人賞部門ノミネートの白人R&Bシンガー、トリー・ケリーが通りかかって自然に一緒にパフォームした様子を観客の一人が撮影した動画がABC-TVの目に止まり、人気モーニング・ショー『The View』にトリーボイド一家が出演したもの。その後ジェイZのバックで演奏する機会を得たのをきっかけに、ジェイZのレーベル、ロック・ネイションと契約に至って、このアルバムのリリースにこぎつけたヴィクトリー、この素晴らしいアルバムをリリースすることができたのです。

アルバム全曲を書いたヴィクトリー(一曲のみ共作)はほとんど全ての曲で自らアコギを弾きながら、バンドや曲によってはセンスよく配されたストリングスをバックに、ジャジーなグルーヴを醸し出しながら不思議な魅力のある歌声を聴かせてくれます。

冒頭のゆったりとした「Against The Wind」、イントロのアカペラコーラスから懐かしのグラウンド・ビートっぽいリズムをバックにヴィクトリーのちょっと舌足らずなボーカルがサビで一気に不思議な魅力を醸し出す「Open Your Eyes」、地味な曲調のマイナー調のメロディから次第にメジャーコードに展開していってじわじわとドラマティックな「Weatherman」や「Who I Am」、彼女が兄弟達とバスキングして盛り上がっていく雰囲気が何となく伝わってくる後半のSEがいい感じの「Jazz Festival」など、どの曲を取っても楽曲としての魅力と、バックの控えめな演奏やコーラスにストリングス、そしてやはり彼女の声の魅力に、聴いているうちにどんどん引き込まれていきます。

アルバム後半はヴィクトリーのアコギの弾き語りとピアノのコンビネーションがシンガーソングライター的アプローチを色濃くしている、このアルバムでは一番トレイシー・チャップマンを思わせる「Extraordinary」から珍しくエレピを配して楽しげなミディアムテンポのその名も「A Happy Song」、静かで内省的なピアノのバックが印象的な「First Night Together」といった曲に続いて、ボイド一家で構成されたグループ、インフィニティズ・ソングをバックに70年代R&Bとゴスペルを渾然一体とした感じの楽曲展開で静かなカタルシスを生みだす「Don't You Ever」でアルバムはクライマックスに。


そしてアルバム最後は「The Broken Instrument」という楽曲の「i.」「ii.」「iii.」の3部作構成。ヴィクトリーのアコギをメインにして静かに盛り上がる「i.」とラテン・ジャズ風のパーカッションと重厚なストリングスをバックに映画のローリング・クレジット的ドラマティズムを湛えた「iii.」をつなぐ「ii.」では、ヴィクトリーが絶望的な現状とそこに見える一筋の光を、詩の朗読のように淡々と語っているのがとても印象的です。

「私は暗黒と栄光にまつわる伝説を聞いたことがある 
 夜が日を支配し死がまた一人の犠牲者を獲物とするこの話を知らぬものいない
 強き者の力を絶望が奪い、囚われし者の自由を憎悪の斧が叩き潰す
 こうした伝説は今でも現実にあるので驚くにはあたらない

 しかし伝説によると栄光が打ち砕かれし者を守るために現れ
 光が夜を打ち破り絶望は戦いに敗れ去るという
 私は愛が悪の力をその恵みと徳で押し流してしまうという伝説も聞いた
 しかしそれは伝説 それが真実かどうかを確かめたことはまだない

 もしその奇跡が本物なら私はこのゴミ溜めから逃げ出したい
 でも私が埋められているそのゴミ溜めの中には何の希望も見えない
 それでも私は昔聞いたことがあるその伝説を忘れることができない
 希望と未来の伝説 どこかに私を作り出した創造主が存在するという伝説
 そしてその創造主は私を愛してくれているという伝説を」

かなり宗教的な余韻を残して終わるこのアルバムですが、高い楽曲クオリティとヴィクトリーの印象的で魅力的な歌唱パフォーマンスがこの「The Broken Instrument ii - I've Heard Legends」のメッセージをポジティヴなものにしているように思います。

TheBrokenInstrument (back)

聴き終わってみると、様々なメッセージに満ちた映画を見終わったような感じになるこのアルバム、でも聴き終わった後に不思議な高揚感と清々しさを感じさせてくれるこのアルバム、デビューアルバムとしては鮮烈な印象を与えることは間違いないところ。今のメインストリームR&Bスタイルとは全く違ったアプローチで一つのブラック・ミュージックの完成形を提示してみせているこのアルバムは一聴に値すると思います。ソウルミュージックファンも、そうでない方も一度是非。

<チャートデータ> 
ビルボード誌全米R&Bアルバム・セールス・チャート 最高位24位(2018.6.30付)

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【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#152「The Dynamic Superiors」The Dynamic Superiors (1975)

 #152The Dynamic SuperiorsThe Dynamic Superiors (Motown, 1975)


7月後半はフジロックへのフル参戦など個人的に忙しく、しばらく間が空いてしまいましたこの「新旧お宝アルバム!」、ここのところの連日の猛暑を払うためにはいい音楽、ということで今週は久しぶりに70年代ソウルの名盤ながら、熱心なソウルファンの間では大変知名度も人気も高いものの、一般の洋楽ファンの皆さんにはそれほどお馴染みがない、というのがいかにも惜しい、ワシントンDC出身のコーラス・グループ、ザ・ダイナミック・スーペリアーズのデビューアルバム『The Dynamic Superiors』(1975)をご紹介します。

既にソウル・R&B関係のレビューや書籍では語り尽くされた感のあるこの名盤、今更ながら取り上げるのはソウルファンの先輩方からの突っ込みを頂きそうで甚だ不安なのですが、ここは敢えてそうした名盤をソウルファン以外の皆さんにも知って頂きたい、という趣旨で取り上げますので、是非暖かい心でご覧頂きたいと思います(笑)

Dynamic Superiors 

伝統的なソウル・ミュージックにおいて、一つのスタイルとして「コーラス・グループ」というものがあるのは皆さんご存知の通り。1970年代はそのスタイルが一つの絶頂期を迎えた時期でした。60年代から活躍してそのモメンタムをがっちり持続していたモータウンテンプスフォー・トップス(後にダンヒル/ABCに転じますが)や「Oh Girl」のシャイライツといったベテラングループは言うまでもなく、ドラマティックスIn The Rain」、スタイリスティックスBetcha By Golly Wow」、ブルー・マジックSideshow」などなど、このデケイドは数々の名曲・名唱でファンを虜にした新しいコーラス・グループも続々登場、さながらソウル・コーラス・グループ百花繚乱の様相を呈した時代を形成していました

そんな中、1963年にワシントンDCで結成以来、苦節10年を経て1960~70年代に隆盛を極めたモータウン・レーベルとの契約がかない、レコーディングにこぎ着けて今日ご紹介する『The Dynamic Superiors』をリリース、ソウル・シーンで大きな成功を収めることができたのが、リードのトニー・ワシントン、ファースト・テナーのジョージ・スパン、セカンド・テナーのジョージ・ピーターバックJr.、バリトンのマイケル・マカルピン、ベースのモーリス・ワシントンの5人からなる、ザ・ダイナミック・スペリアーズ

このアルバムの素晴らしさはいろいろあれど、リードのトニーの美しく艶やかなファルセットと、2人のテナーの達者な歌唱とそれをサポートするバリトンとベースによる、当時の並み居るコーラスグループと比較しても実力充分のグループ歌唱力と、当時はモータウンの強力ハウス・ソングライティング・チームだったアシュフォード&シンプソンがほぼ全曲作曲とプロデュースを手がけた楽曲群のクオリティの高さが、このアルバムを実にソリッドなコーラス・グループの名盤にしている二つの大きな要素だと思います。

Dynamic Superiors (photo)

そしてもう一つ、トニーは当時としては珍しく自らがゲイであることを公言して、ステージにもドラッグの出で立ちでしばしば登場していたという、今のLGBTQムーヴメントのはしりのようなアーティスト。当時ブラックでゲイであることを公表するのはとても勇気のいることだったと思うけど、彼の時折天にも突き抜けるような美しいファルセット・ボーカルにはそうした自信が満ちていることも、このアルバムを通じて感じることです。

アルバムは彼らの代表作の一つで最初のナショナルヒット、クラシックなコーラス・グループ・スタイルの楽曲「Shoe Shoe Shine」で始まりますが、これがのっけからトニーのファルセットが炸裂する70年代ソウル王道の名曲バラード。ソウルファンの間ではつとに有名なこの曲、作者のアシュフォード&シンプソン自身もかなり気に入った出来だったらしく、彼ら自身のライヴで自分が書いた数々の名曲メドレーをやる時にもこの曲を交えることが多かったといいます。

テナーがリードを取って他のメンバーがコーラスに徹する、ミディアムテンポのこれまた王道の楽曲「Soon」に続いて、ドラマティックなイントロからまたまたトニーのリードが素晴らしく、後半サビにかけてメンバーのコーラスが絡んで感動的に盛り上がる「Leave It Alone」は個人的にもこのアルバムのベストカット。ソウルチャートでもこの曲が最初のヒットで最高位13位を記録した、事実上彼らのシーンでの地位を確固たるものにした曲です。


なお、この「Leave It Alone」とA面最後の「Romeo」のアレンジを担当しているのが、この直後スタジオ・ミュージシャンによるスーパーグループ、スタッフに加入して70年代後半~80年代にかけてのフュージョンシーンで活躍、数々のポップヒットのバックやアレンジも担当したリチャード・ティー(kbd)。このアルバムでは彼の他に、ヴァン・マッコイとの仕事で有名なリオン・ペンダーヴィスアーサー・ジェンキンスら実力者のスタジオ・ミュージシャンがアレンジを担当するなど、当時モータウンとしては万全の布陣で臨んでいた自信作であったことが窺えます。

アッパーなリズムながらしなやかなメロディとメンバーのコーラスが素晴らしい「Don't Send Nobody Else」で引き続き盛り上がった後、A面は静かな始まりからサビから「いろんな女の子を経験したけど君の前では僕はただの男の子/君が僕を1人の女性しか愛せない男にしたんだ」というベタな歌詞ながら後半盛り上げるバラード「Romeo」でA面は終了。


B面も最初のトニーのファルセットが再び炸裂する「Star Of My Life」から始まって、トニーの真骨頂ともいえるドラマチックな展開のバラードナンバー「Cry When You Want To」、後期のフォートップスを彷彿させるテナー・リードのアップテンポナンバー「I Got Away」、ストリングスを配したサザン・ソウル的な味わいから後半フィリー・ソウル風に展開する素敵なミディアム曲「One-Nighter」を経て、最後もサビのコーラスとリードの掛け合いに思わず頬がほころぶ、安定の王道ソウル・ナンバー「Release Me」でアルバムは余韻を残して終わります。

アルバムはチャートインできなかったものの、シングル「Shoo Shoo Shine」がナショナルヒット、「Leave It Alone」がR&Bヒットとなったのにモータウンも気を良くしたか、次のアルバム『Pure Pleasure』(1975)でも同じくアシュフォード&シンプソンを起用して、そこそこのヒットを達成。

しかしプロダクション・スタッフを大幅に入れ替えた『You Name It』(1976)は商業的には不発に終わり、起死回生のつもりだったのか、モータウン黄金期のソングライターチーム、ホランド兄弟プロデュースで、彼らの曲を中心としたほとんどがカバーのアルバム『Give And Take』(1977)でもマジックを再現することはできず。

モータウンとの契約も切られ、グラディス・ナイト&ザ・ピップスの「夜汽車よジョージアへ!」のアレンジや「Dynomite」のバズーカで有名なトニー・カミロが立ち上げたレーベルから、1980年には最後のアルバム『The Sky's The Limit』をリリース。この時はトニー・ワシントンの代わりにレーベルオウナーのトニー・カミロがボーカルを務めたりしてるので、まあこの辺が潮時だったのでしょう。

Dynamic Superiors (back)

本来得られるべきであったレベルの商業的成功や、ジャンルを超えた人気などを勝ち得るには至りませんでしたが、今聴き返してもこのアルバムは、当時のザ・ダイナミック・スペリアーズのメンバーがアシュフォード&シンプソンや腕達者のサポート・ミュージシャン達と作り出すマジックがぎっしり詰まっている、それこそ珠玉のような作品です。ソウルをこれからもっと聴いていきたい、何かソウルのいい作品はないか、という向きには心よりお勧めできる、そういうアルバムです。このアルバムが皆さんに一筋の涼風をお届けできますように。

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テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

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