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Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
■超訳!ビルボードHot 100チャート50周年記録オール・タイム100 - #100
ということで。昨日の更新の時に宣言したビルボード誌のHot 100 50周年企画である「Hot 100エラ~1958-2008のオールタイム・トップ100」の記事を一曲ずつ「超訳」形式でかつオリジナルの記事にはない情報もちりばめてご紹介しようという企画の第一弾、今日は100位を紹介しようかな。これ、特に一回ごとのカバー曲数は決めてないので気が向いたら一気にどっと紹介するかも。ということで気長にお付き合い下さい。なお、おまけとして「1950年代とか1960年代とか知らないし、興味ないよなあ」という人のために、僕が独自に集計した「1970-2008年(これを「ポスト・ビートルズ・エラ」と呼ぼうかなあ。何かいい呼び名あったら投稿して下さい)のオールタイム・トップ100」の順位を随時10曲単位で発表しようと思ってるのでよろしく。

なお、原文のビルボードサイトのこのオールタイムチャートのURLはここです。


100位:「喜びの世界(Joy To The World)」スリー・ドッグ・ナイト
(レーベル:ダンヒル)(1971年4月17日~5月22日、6週間1位)(RIAA公認ミリオン・セラー●)
(作者:Hoyt Axton)(プロデューサー:Richard Podolor)
(1971年ビルボード誌年間チャート第1位)

ThreeDogNight.jpg彼らにとって2曲目のナンバー・ワンヒットとなった「喜びの世界」がヒットする前は、リード・ボーカリスト達のダニー・ハットンコリー・ウェルズチャック・ネグロンの3人は、レッドウッド(Redwood)というユニット名で、ビーチ・ボーイズの中心的存在だったブライアン・ウィルソンの初期の作品に参加していた(これがどの作品か調べたけど不明。誰か知ってる人いたら投稿してね)。ロスで活動していた彼らは1969年から1975年にかけてその勢いを一気に加速して、1970年の彼らの最初のナンバーワンであるランディ・ニューマン作の「ママ・トールド・ミー(Mama Told Me Not To Come)」(今回のビルボード誌のオールタイム100には登場せず)を始めとして21曲のポップ・ヒットをチャートに送り込んだ。グループ名の由来は、オーストラリアの言い回しで「犬を三匹ベッドに連れ込んで寝たくなるようなとても寒い夜」というのから取ったという。誰がそんな言い回し、知ってたんだ?また、彼らは無名のソングライターの作品を発掘してきては大ヒットにして、後にそのソングライター達がブレイクする布石を打ってあげるというので有名で、彼らのヒットで有名になったソングライターは、「ママ・トールド・ミー」のランディ・ニューマンを始め、ハリー・ニルソン(「ワン(One)」1969年最高位5位)、ローラ・ニーロ(「イーライズ・カミング(Eli's Coming)」HoytAxton.jpg1969年最高位10位)、レオ・セイヤー(「ショウ・マスト・ゴー・オン(The Show Must Go On)」1974年最高位4位)といった錚々たる顔ぶれで、この曲もシンガーソングライターのホイト・アクストン(母親のメイ・アクストンエルヴィス・プレスリーの出世作「ハートブレイク・ホテル」(1956) の共作者であることで有名)のペンによるもの。ホイトはこの他に「ネヴァー・ビーン・トゥ・スペイン(Never Been To Spain)」(1972年最高位5位)をスリー・ドッグ・ナイトに提供している他、リンゴ・スターの大ヒット、「ノー・ノー・ソング(No No Song)」(1975年最高位3位)の作者としても知られている。


1977年一旦解散した彼らだったが、1983年にこの「喜びの世界」が、その年のアカデミー賞作品賞にノBigChill.jpgミネートされた映画『再会の時(The Big Chill)』(1983)のサントラにフィーチャーされてヒット当時のことを知らない若いリスナー達の注目を集めたことがきっかけで、めでたくスリー・ドッグ・ナイトは再結成。ちなみにこの映画は当時まだ若手俳優だったグレン・クローズ*1トム・ベレンジャー*2、ウィリアム・ハート*3、ジェフ・ゴールドブラム*4、ケヴィン・クライン*5、メグ・ティリージョーベス・ウィリアムスメアリー・ケイ・プレイスなどなど錚々たる面々が出演して、抑えていながら実に素晴らしい演技を見せている、日本では知る人ぞ知るカルトな名作(実はアメリカでは結構人気ある映画だったりする)。60年代後半の一時期を一緒に過ごした仲間達が、そのうちの一人の葬儀のために集まった週末のできごとを懐かしいタッチで描くこの映画の中で「喜びの世界」は2箇所に使われており、一つはオープニングでケヴィン・クラインが5歳くらいの息子を風呂に入れている時、この息子君がなぜかこの歌を歌い出す場面、そしてもう一つは7人の仲間達が新たな友情関係を感じながら楽しく朝食を食べているラスト・シーンのクレジット・ロールにかぶさってスリー・ドッグ・ナイトのこのバージョンが流れるというもの。オープニングの男の子のたどたどしい歌声もかなり可愛いが、この曲の奇妙な歌詞がなかなか意味ありげでもあることに気がつく。
Jeremiah was a bull frog(ジェレマイアはウシガエル)
Was a good friend of mine(僕の一番の友達さ)
Never understood a single word he said(いつも何言ってんだかさっぱり判んないけど)
But I helped him a-drink his wine(あいつがワインを飲む時は助けてやったんだ)
And he always had some mighty fine wine(だっていつも最高のワイン持ってたからな)

この曲と歌詞をじっくり楽しみたい方は、こちらのYouTube動画を見て下さい。

いずれにしてもこの映画、俳優達の情感溢れるかつしっかりとキャラを作り上げる卓越した演技もさることながら、60年代後半のロックやR&Bの名曲を実にうまく修辞的に随所に使っており(60年代後半を好き勝手に駆け抜けて亡くなった友人の葬儀のシーンではストーンズの『無情の世界(You Can't Always Get What You Want)』のハモンド・オルガン・バージョン、7人の仲間のうち新たに男女関係を結ぶ2人が一夜を明かした朝のシーンにはスモーキー・ロビンソン&ミラクルズの「アイ・セカンド・ザット・エモーション」といった感じでその使い方がまた心憎い。是非一度見て下さい。(なお、7人が集まる理由となった亡くなったもう一人の仲間、サム役にはケヴィン・コスナーが配役されており、実際に彼を含むフラッシュバックのシーンも撮影されたが、最終カットでは全てコスナーの出演シーンはカットされているという裏話もある)

さてそのスリー・ドッグ・ナイトネグロン君はいないもののオリジナル・メンバーのウェルズ君とハットン君を中心に今も3DN(70年代当時こういう風に略称されることもあった)は毎年パフォーマンスを続けているという。

*1 後にご存知『危険な情事(Fatal Attraction)』(1987)でのコワーイ悪女役で大物女優となった。
*2 彼も『プラトゥーン』(1986)でのバーンズ軍曹役でブレイク。
*3 『蜘蛛女のキス(Kiss Of The Spider Woman)』(1985)でのゲイの囚人役で
アカデミー主演男優賞受賞、『愛は静けさの中に(Children Of The Lesser God)』(1986)での聾唖少女に恋してしまう男役など、個性的な役柄をリアリティ十分に演じる性格俳優に成長した。
*4 後に『ザ・フライ』(1986)『ジュラシック・パーク』(1993)『インディペンデンス・デイ』(1996)等のSFサスペンス・アクションものの主役級で主に名を売るが、実は演技達者な俳優。
*5 ワンダとダイヤと優しい奴ら(A Fish Called Wanda)』(1988)で
アカデミー助演男優賞受賞。


ああ疲れた。ちょっと最初から気張り過ぎちゃったかな。99位からはもう少し肩の力を抜いていきますのでよろしく。
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