Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#124「Home Grown」Johnny Rivers (1971)

 #124Home GrownJohnny Rivers (United Artists, 1971)


どうやら梅雨らしい雨模様の天気が続き、気温も一時に比べるとかなり涼しくなってきているこの季節、一方で雨に濡れた新緑の美しい時期でもあります。今世の中はワールドカップですが、MLBファンの自分は、贔屓のNYメッツの不調と、大谷をはじめ日本人メジャーリーガーの相次ぐ故障で、最近はちょっとスポーツ観戦に熱が入らなくなってきたところ。そうなると戻る先は音楽で、いろいろな新譜や昔のレコードを引っ張り出して聴く機会がめっきり増えてきているこの頃です。


さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、久しぶりに70年代に戻り、このしっとりとした新緑の季節にぴったりな感じのアルバムをご紹介。60年代にロックンロール・スターとしてブレイク、大きな人気を勝ち得ながら70年代のニューロックへの大きな音楽シーンのうねりの中、商業的には今ひとつの状況に立たされていたジョニー・リヴァースが、自らを見つめ直すような感じでリリースした、心和ませる珠玉のアルバム、『Home Grown』(1971)をご紹介します。


Home Grown 


おそらく我々昭和世代のシニアな洋楽ファンでも、ジョニー・リヴァースというアーティストの名前を聞いたことはあってもどういう曲をやっていた、どんなアーティストかと言われるとあまりピンと来ない方も多いのでは。ましてや今ストリーミングやYouTube、デジタルダウンロードで洋楽を聴いている40代以下の皆さんは名前も聞いたことない、という方も多いでしょう。

かなり熱心なアメリカの70年代のヒット曲ファンでも、「Rockin' Pneumonia & The Boogie Woogie Flu」(1972年最高位6位)と「Swayin' To The Music (Slow Dancin')」(1977年最高位10位)の2曲が思い浮かべられればかなり詳しい方だと思います。ことほどさようにジョニー・リヴァースというアーティストは、ブレイクした60年代を除いては、70年代以降特に日本ではその名を知られるようなヒットもなく、洋楽ファンにとってもイメージが持たれにくいアーティストなんではないでしょうか


ニューヨークに生まれたイタリア系移民の息子であるジョニー(本名:ジョン・ヘンリー・ラミステラ)は、幼少の頃に移り住んだルイジアナ州バトン・ルージュで、現地のカントリー、ブルース、ケイジャン、ジャズ、R&B等が混沌とした音楽文化に触れて8歳の頃ギターを始めたのが音楽人生の振り出し。

高校時代からバンド活動を始めたジョニーは、1958年NYへ旅行した際当時ロックンロールの生みの親といわれた伝説的DJ、アラン・フリードに出会ったのがきっかけでレコード・デビューにこぎ着けますが、この時は不発。

その後60年代に入ってLAに移って地元のクラブでライブ活動をしていたところを、後にキャロル・キングの『つづれ織り』をプロデュースすることになる有名プロデューサー、ルー・アドラーに認められ、ちょうどジョニーが人気を博していた地元の有名クラブ「ウィスキー・ア・ゴー・ゴー」でのライヴをそのままアルバムにしてリリース。そこからシングル・カットされた、チャック・ベリーのカバー「Memphis」の大ヒット(1964年最高位2位)で一躍ロックンロール・スターとしてブレイクしました

Johnny Rivers


その後1966年にはルー・アドラーとの共作「Poor Side Of Town」が全米1位に輝き、キャリアの絶頂期でしたが、その後作品は発表し続けるも人気は下降線をたどり、今回ご紹介する『Home Grown』がリリースされた70年代初頭は、アルバムもシングルも以前のようなヒットにならず、ある意味商業的にはどん底の時期。しかしこのアルバムは、ジョニーとその息子と思われる少年が楽しそうにならんでいる写真が、手縫い刺繍でタイトルとジョニーの名前が縫い込まれたキャンバス地にあしらわれているという、見ただけでほのぼのとするジャケットに象徴されるように、ネガティヴなトーンは皆無で、聴く者の心を和ませてくれる、そんな作品なのです。(ちなみにレコードのレーベルも手書きのイラスト入り。これもなかなか好感度です)


Home Grown Label


またこのアルバム、バックにはLAのクラブ時代からの相棒であるジョー・オズボーン(b.)や有名セッションドラマーのジム・ケルトナーを初め、シナトラビーチ・ボーイズ、ママス&パパスなど数々の60年代のポピュラー楽曲のバックをつとめたセッションミュージシャン集団「レッキング・クルー」のメンバーも多数参加、古くから気の知れたメンツの手堅くもグルーヴ満点の演奏をバックに、ジョニーが気持ちよさそうに歌っています。



ちょっとカントリー・ブルース風な「Moving To The Country」を皮切りに、ジョニーの魅力の一つである優しく艶のあるボーカルが映える、R&B風味のカントリー・バラード「My New Life」という流れはいかにも70年初等のシンガーソングライター・アルバム(このアルバムでジョニーは10曲中3曲しか作品に絡んでませんが)という雰囲気で、ぐっと引き込まれます。

彼のブレイクがチャック・ベリーのカバーであったように、ジョニーは自分で曲も書きますが、他人のカバーがピタッとはまるケースの方が実は多いのですが、このアルバムでそれを象徴的に感じさせるのが、3曲目の「Our Lady Of The Well」と5曲目の「Rock Me On The Water」。ご存知の方も多い、ジャクソン・ブラウンのカバーですが実はジャクソンはこのアルバムが出た当時はまだレコード・デビュー前。おそらくLAの音楽シーンで既に実績・人脈とも有していたジョニーが業界の誰かからジャクソンの評判を聞いてこれらの曲のデモを聴く機会があったのでしょう。

後にジャクソンの代表曲となるこの2曲を、いち早く取り上げるジョニーの目も大したものですが、このいずれの曲もジョニーは見事に自分のスタイルにアレンジして、彼らしいスワンプ風のスタイルでものにしています。


レコードA面のラストは、おそらくジャケ写真の息子に捧げたと思われる自作のバラード「Song For Michael」。「目の前に現れる明るい光のように僕の気持ちを喜びで満たしてくれる/君を見ていると自分が子供だった時に戻るようだ/君と僕は目を見合わせて/ただ「やあ」と言うだけだけど」という、もうマイケル君にメロメロなジョニーの様子が窺える、微笑ましいこの曲の途中にはマイケル君本人と思われる声もSEで登場します。このアルバムをとっても私的で、ポジティヴな感じにしている要因の一つがこの曲の存在で、ジャケットはそれをそのまま表しているのです


B面はA面のラストからつなげるように自作のジャグバンドっぽいカントリー・ポップ・チューン「Permanent Change」でスタートした後、ここから有名曲3曲のカバー攻撃。まずは元々インプレッションズカーティス・メイフィールド作で、ロッド・スチュアートのカバーでも有名な「People Get Ready」。ここではピアノとストリングスをバックにゴスペル風に、エンディングに向けて控えめに盛り上げるジョニーの歌唱が印象的。

続いてはキャロル・キングのアルバム『つづれ織り』収録の「So Far Away」のカバー。ルー・アドラーの導きなのでしょうが、これも当時リリースされたばかりの『つづれ織り』からさっそくカバーに取り上げたジョニーの選曲センスが光ります。ジョニーのバージョンは比較的オリジナルに忠実な、これもピアノとストリングスを中心にしたもの。


そして3曲目のカバーは、ジェームス・テイラーの「Fire And Rain」。原曲同様アコースティックなアレンジですが、ギターの代わりに名手ジェームス・バートンのドブロがややカントリー・スワンプ的なイメージを与えています。しかしこの曲のポイントは、ジョニーが後半歌唱を盛り上げてシャウトしたかと思うと、最後のフェードのところでバックコーラスが「Help me Jesus / Be my friend(主よ救い給え/我が友として)」と繰り返し原曲にはないコーラスを付けるところ。実はこれがその前2曲のカバー共々、この後のアルバム最後の壮大なアップテンポのゴスペル・チューン「Think His Name」の前振りとなっていたのだ、ということに曲が始まって間もなく気付きます。ひたすらジーザス・クライストの名前を連呼するゴスペルクワイアをバックに、淡々と歌うジョニー。商業的な逆境の中で、子供への愛と神への感謝で自らのスピリットを高くという思いを込めて、ジョニーはこのアルバムを作ったのではないか、そんな風に思わせるエンディングです。



このように非常に心温まる作品ながら、このアルバムも残念ながら大きなヒットにはならず。次作の『L.A. Reggae』(1972)からのシングル「Rockin' Pneumonia & The Boogie Woogie Flu」(こちらもヒューイ・スミスのカバー)のヒットと、「Swayin' To The Music」(イーグルスグレン・フライの作詞作曲パートナーだったジャック・テンプチンの曲のカバー)がヒットした『Outside Help』(1978)がマイナーなヒット・アルバムになったのを最後に彼の作品はチャートに戻ってくることはありませんでした。

しかし今でも年間50回を超えるライヴを行っているというジョニー、最近では自分のルーツの一つでもあるブルースに軸足を置いた活動を続けているようです。


2009年にはルイジアナ州の音楽殿堂入りし、2015年にはアメリカン・ポップ・ミュージック殿堂入りの候補にもノミネートされるなど、シーンからのリスペクトを今も受け続けているジョニー。そんな彼のとても私的な一面を感じ取ることができるこのアルバムで、梅雨の合間の緑美しいこの時期をお過ごしください。


<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位148位(1971.9.25付)

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テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

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