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Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
【Boonzzy Music】新旧お宝アルバム!#127「Against The Grain」Phoebe Snow (1978)

 #127Against The GrainPhoebe Snow (Columbia, 1978)


相変わらず暑い毎日が続いていますが、このお盆前の週末に一雨入ってからは、気持ち暑さもややしのげるレベルになってきたような。今週はお盆ですのでお休みで帰省その他であちこちに出かけている方も多いでしょうが、水の事故等も多いようですのでくれぐれも安全に気を付けて、暑い夏を楽しんで下さい。

さて「新旧お宝アルバム!」は、先週のジョージャ・スミス同様、声を聴くだけでちょっとだけ涼しさを運んできてくれるシンガー、ということでスタイルはだいぶ違いますが、皆さんよくご存知の素晴らしくソウルフルなのに軽やかな歌声のシンガーソングライター、故フィービ・スノウの5作目のアルバム『Against The Grain(詞華集)』をご紹介します。

Against The Grain 

フィービ・スノウというと、コントラルトの澄み切った歌声ながらR&Bやブルーズ・スタイルの歌唱で独特の魅力を持っているシンガーで、デビュー・アルバム収録の「San Francisco Bay Blues」のカバーや、彼女唯一の全米トップ10ヒット「Poetry Man」(1975年最高位5位)で彼女の素晴らしいボーカル・パフォーマンスに出会ってぶっ飛んだ、という方も多いことと思います。

でも、自分がリアルタイムでフィービの歌にノックアウトされたのは、デビュー後間もなくして、1976年にグラミー賞最優秀アルバムを獲得したポール・サイモンの『Still Crazy After All These Years(時の流れに)』に収録されていたヒット曲「Gone At Last(哀しみにさよなら)」に共演してポールとデュエット、そのブルース・スタイルでスイングしながらパンチの効いたボーカルを聴いた時でした

声を聴いただけですぐフィービとわかる特徴的なのに魅力的。技巧的にも優れているだけでなく、ブルース、フォーク、R&B、ジャズといった様々な音楽スタイルをこなし昇華しながら、ワン・アンド・オンリーのスタイルのシンガーとしてシーンから、評論家から極めて高い評価を得ていたフィービ。しかしそのスタイルが多様であるが故に、センセーショナルなデビューを果たしながら、大手レコードレーベルは彼女をうまくマス・プロモーションできず、商業的な成功には残念ながら恵まれず。

一方私生活では、デビュー後まもなく結婚して1975年12月に授かった娘ヴァレリーが生まれながらにして脳障害を患っているという不幸に見舞われ、施設に入れずに自宅での養育を選ぶという決断を。正にこのアルバム制作中の1977~1978年はヴァレリーの看病をしながらの音楽活動を行っていたわけで、ライナーノーツにある「このアルバムは愛する娘、ヴァレリーに捧げる。愛しているわ」と言う控えめなコメントが彼女の苦労を忍ばせます。

Phoebe Snow

2作目の『Second Childhood(夜の調べ)』(1976) 以降移籍したメジャーのコロンビア・レコードは、同作のフィル・ラモーンビリー・ジョエルストレンジャー』等プロデュース)、次の『It Looks Like Snow(雪模様)』(1976)のデヴィッド・ルービンソン(70年代のポインター・シスターズのブレイクに貢献したジャズ系の大物プロデューサー)、そしてこの前作にあたる『Never Letting Go(薔薇の香り)』(1977)では再びラモーンと、大物プロデューサーをつぎ込んでフィービの再ブレイクを狙ったのですが、残念ながら商業的には今ひとつ。娘の養育の負担が彼女の音楽活動に陰を落とす中、最後のトライアル的に作られたのがこのアルバムではなかったか、と察せられます。

このアルバムではラモーンが引き続きプロデュースを担当していますが、共同プロデューサーとしてマッスルショールズ・スタジオの主要人物として有名なバリー・ベケットが名を連ね、キーボードとシンセサイザーで全面参加すると共に、アルバム全体の最終ミックスもバリーが、自分のマッスルショールズ・サウンド・スタジオで行っています。

その結果、前作までと同様、名うてのセッション・ミュージシャン達(スタッフのメンバーやウィル・リー、ヒュー・マクラッケン等)でバックを固めながら、それまでの作品のよく言えば洗練されたサウンド、悪く言うと「小綺麗すぎるサウンド」とは一線を画した、中低音のパワーとメリハリが素晴らしい、引き締まったサウンドが全体のグルーヴを一段上げています

その効果はA-1の「Every Night」からしていきなりリスナーを持って行くフィービの歌唱とサウンドに如実に表れています。ポール・マッカートニーのソロ第1作『McCartney』(1970)に収録されていた曲のカバーであるこのトラックは、楽曲のアレンジとタイトなリズムにフィービのボーカルがぴったりマッチした素晴らしいバージョン。この一曲でこのアルバムに対する期待が大きく膨らむというものです。


続く「Do Right Woman, Do Right Man」はマッスルショールズ・サウンドを代表すると言ってもいい、あのアレサ・フランクリンのバージョンの他数々の名カバーでつとに有名なスワンプR&Bの定番曲バリーがこの曲をフィービラモーンに強くプッシュしたことは想像に難くありません。そしてその結果はやはりフィービのボーカル特性を存分に生かした出来になっています。

その後も70年代初頭、モータウンから離脱してインヴィクタス・レーベルを作ったブライアン・ホランドの作によるエイス・デイのヒット曲を性別を女性から男性に変えた「He's Not Just Another Man」でファンキーなバックのリズムに乗ってフィービ本来のブルージーな魅力が聴けるという、バリー結構好き勝手にアルバムをマッスルショールズ色に染め上げたA面のプロデュースワークが光っています

フィービ自作のやや内省的で静かな「Random Time」を挟んで、タイトなA面を締めるのは、パティ・オースティンのファースト『End Of A Rainbow』(1976)に入っていたパティ作のミディアムのドリーミーなナンバー「In My Life」です。


B面になると、楽曲的には4曲目の『The Married Men』(個性的なパフォーマンスで知られた3姉妹のグループ、ローチェスのナンバー)以外はすべてフィービの自作曲。B面トップの「You Have Not Won」は「あなたは私にプレッシャーを与えて打ちのめすけど、私は逃げないし、あなたは勝ったわけではない」と、正しく娘の病気と闘うこの頃のフィービの苦しみがにじみ出ているような曲ですが、続く「Mama Don't Break Down」はニューオーリンズのスワンプ・ミュージックを思わせるようなファンキーで軽快なナンバーにフィービが軽々とグルーヴ満点のボーカルを乗せて聴かせる、と言う曲でちょっとほっ、とします。




続いて、LAでの男性との苦い過去の思い出を歌ったように聞こえる静かで美しい「Oh, L.A.」でまたちょっとフィービの辛い心理的側面が垣間見えますが、上記のローチェスのカバー「The Married Men」では冒頭にルイジアナ、という歌詞が出てくるように、これもまたニューオーリンズのファンキーなスタイルな楽曲で、たゆとうようなフィービのボーカルのヴィブラートがよくマッチした素敵なカバーに仕上がっています。

そしてアルバムラストの「Keep A Watch On The Shoreline」はまた内省的で希望を追い求めるけどもたどり着けない、といった切なさを感じさせるような歌詞を、やや哀しげなメロディに乗せてフィービが思いに埋もれるような感じで歌う、という感じで、アップとダウンが交互するB面を象徴するような形でアルバムが終わります。

Against The Grain (Back)

後のインタビューで「この頃は娘の病気の関係で音楽活動に打ち込めなかった」と言っているように、このアルバムを最後にフィービコロンビアを離れ、1981年にアルバム『Rock Away』をリリースしただけで80年代は音楽シーンの一線に出てくることはめっきりなくなりました。恐らくその間娘ヴァレリーの養育に注力していたのでしょう。

それでも1989年久しぶりにリリースしたアルバム『Something Real』がちょっとしたヒットとなったのをきっかけに音楽活動を再開。90年代は数々のイベントライブやNYでの企画コンサートやイベントに参加、特にドナルド・フェイゲンマイケル・マクドナルドを中心としたNYビーコン・シアターでの「New York Rock And Soul Revue」に参加して1992年に出たアルバムでも数曲フィービの久しぶりの歌声が聴かれていました。

その後も1998年には当時のジュリアーニNY市長からNY文化功労賞を授与されたり、1999年にはキャンプ・デイヴィッドに招かれて当時のクリントン大統領夫妻を前にパフォーマンスするなど、着実な活動を行っていましたが、残念ながら2007年に娘ヴァレリーが長年の闘病の結果31歳で急逝

フィービ自身も2008年にリリースしたライブ盤『Live』を最後に、2010年1月に脳内出血で倒れた後、2011年4月にその60歳の短すぎる生涯を終えたのでした。

このアルバムでもふんだんに聴かれる彼女の素晴らしい、独特の魅力をたたえた歌声を聴くにつけ、彼女のシンガーソングライターとしてのキャリアはもう少し商業的にも恵まれたものになれなかったんだろうか、とどうしても考えてしまいます。おそらくこんな声で、こういうスタイルでここまで心を揺さぶることのできるシンガーはそうそう現れないのでは。そんなことを思いながら、お盆の週、フィービの歌声を聴きながらまだまだ続く暑い夏を過ごしています。皆さんも是非フィービの歌声、暑い夏のお供にいかがでしょうか。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位100位(1978.12.2付)

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テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

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