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Life Is A Rock - 洋楽こそ我が人生
洋楽全般について、英米ヒット・チャートに登場有無に関係なく、お気に入りの洋楽作品についての独り言やコメントをつれづれに掲載します。「新旧お宝アルバム!」「恒例グラミー賞大予想」など定期コラムが中心です。洋楽 ファンサイト、meantime(www.meantime-jp.com)のスピンオフ企画としてお楽しみ下さい。
■Most Top 10 Hits WITHOUT #1
 しかしバンコックは凄まじいことになってるなあ。前の仕事の関係でバンコックには知人友人がいっぱいいるので心配です。その凄まじさはこのサイトで垣間みることができますが、これがあの美しくも猥雑な町で起こっているかと思うと心が痛むなあ。やはりこの国は二つに別れてしまわなければいけないのか。一方日本はやっと暖かい天気のいい日がちょっと続いたかと思うといきなり梅雨入りを思わせるような雨の日があったり。週明けもかなり大雨の日が続くということで太陽いっぱいの週末をせいぜい楽しみたいですな。

 さて、先週末お約束した「No.1ヒットのない、トップ10ヒット最多保持アーティスト」のランキングですが、土曜日に「明日」とかいって例によって他事に紛れて今日になってしまいました。すんません。ということでさっそくカウントダウンいってみます。ちなみに対象期間は、今のHot 100の前身チャートであるTop 100がスタートした1955年11月12日付(うーん読者のほとんどは生まれてないなあ。僕もそうだけど。)以降現在まで、とします。

Most Top 10 Hits WITHOUT #1 Ranking (as of 2010/5/29)

#5 (同率)- 7曲

  • Brook Benton
  • James Brown
  • Electric Light Orchestra (ELO)
  • Pointer Sisters
  • War
  • Jody Watley

 このランキング、取りあえずトップ10カウントダウンをやろうと思ったんですが、何と7曲の記録保持アーティストが6組もいたので、こういう発表方法になっちゃいました。こうしてみると今活躍しているアーティストはあまりいなくて、今時の洋楽ファンにはあまり馴染みがないかも。

Brook_Benton.jpg で、さらっと一組ずつ紹介していくと、筆頭のブルック・ベントンは1960年代を通じてニューヨークをベースに活動した(出身はサウス・カロライナ)、ポップス/ロックンロール寄りのR&Bシンガー・ソングライターで、あのエルヴィスが影響を受けたアーティストの一人として挙げている人です。日本では1970年のせつせつと歌う大ヒットバラード「雨のジョージア(Rainy Night In Georgia)」(最高位4位)で知られてます。これ以外のトップ10ヒットとしては、出世作の「It's Just A Matter Of Time」(1959年3位)、「So Many Ways」(同6位)、60年代のシカゴ・ブルース・シーンを代表する女性ブルース・シンガー、ダイナ・ワシントンとのデュエット「Baby (You've Got What It Takes)」(1960年5位)、同じくダイナとのデュエットで後にシェイキン・スティーヴンスボニー・タイラーがカバーしてUK最高位5位のヒットとなった(1984年)「A Rockin' Good Way (To Mess Around And Fall In Love)」(1960年7位)、伝説のロック創世期のDJアラン・フリード主演の1957年の映画『Mr. Rock And Roll』からの曲を取り上げた「Kiddio」(同7位)、トラディショナル・フォークソングを取り上げた彼最大のヒット「The Boll Weevil Song」(1961年2位)、「Hotel Happiness」(1963年3位)、そして彼にとってはカムバックヒットにして最後の大ヒットとなった「雨のジョージア」と計7曲でした。1988年に脊髄膜炎で惜しくも他界しています(享年56歳)。


JamesBrown.jpg 次のゴッドファーザー・オブ・ソウル、ジェームス・ブラウン御大はさすがに説明の要はないでしょうね。あの異様な存在感のシャウト、汗を飛び散らしながらのダンスルーチン、一旦ステージにしゃがみ込むところをガウンをかけてもらって復活するという予定調和の演出など、多くのアーティストに大きな影響を与えたのは周知の事実。1960年代初頭から2000年代に至るまで、初期のフジロック・フェスにも来日したりとかしてて頑張ってたのですが、2006年のクリスマスに肺炎によるうっ血性心不全で惜しくも他界したのはまだ記憶に新しいところ(享年73歳)。彼のトップ10ヒットは、出世作の「パパのニュー・バッグ(Papa's Got A Brand New Bag Part 1)」(1965年8位)、最大のヒットでクールなファンク・グルーヴを確立した「I Got You (I Feel Good)」(同3位)、「It's A Man's Man's Man's World」(1966年8位)、「Cold Sweat - Part 1」(1967年7位)、「I Got The Feelin'」(1968年6位)、ブラック・ムーヴメントのテーマソング的な「Say It Loud - I'm Black And I'm Proud (Part 1)」(同10位)、映画『ロッキー4/炎の友情』に出演、見事なカムバックヒットとなった「Living In America」(1986年4位)の7曲でした。


ELO.jpg ELO、エレクトリック・ライト・オーケストラといえば僕らの世代にはかなり懐かしい、と思う人が結構いるはず。クラシックの弦楽器をロックの楽曲に取り入れるという60年代だったらプログレしかやってなかった手法をポップの世界に持ち込んだ業績は決して小さくないと個人的には思っていて、個人的に好きなアーティストの一つですね。リーダーのジェフ・リンELOの事実上活動停止後も、トム・ペティジョージ・ハリソンらに曲提供、プロデュースなどでサウンドメイカーとしても活躍していて、彼らと架空の兄弟バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズを結成するなど現在も活躍中です。前身はジェフロイ・ウッドと結成したイギリスはバーミンガムのザ・ムーヴというバンド。ELOのトップ10ヒットは「Can't Get It Out Of My Head」(1975年9位)、アメリカでの人気を決定づけたアルバム『Face The Music』(1976)からのシングルカット「Evil Woman」(1976年10位)、電話の会話に切ないラブストーリーを託した絶妙のポップ・ヒット「Telephone Line」(1977年7位)、2枚組意欲作『Out Of The Blue』(1978)からの「シャイン・ラブ(Shine A Little Love)」(1979年8位)、ドカスカロックンロールの「Don't Bring Me Down」(同4位)、オリビア・ニュートン・ジョン主演の映画で最近ブロードウェイ・ミュージカルにもなった『ザナドゥ』のタイトルソングでONJとのデュオヒット「Xanadu」(1980年8位)そして「Hold On Tight」(1981年10位)の7曲でした。


The Pointer Sisters.jpg ポインター・シスターズは70年代半ばに一瞬あったレトロブームに乗って最初登場した、カリフォルニアはオークランド出身のルース、アニタ、ジューンそしてボニーの4人姉妹による、R&Bコーラス&シンギング・グループ。丁度マンハッタン・トランスファーなんかと同じような乗りのノスタルジックな「Yes We Can Can」(1973年11位)でブレイクしたのですが、ブルース・スプリングスティーンのペンによる初のトップ10ヒット「Fire」(1979年2位)でポップ・メインストリームでの躍進を果たしてからは、「He's So Shy」(1980年3位)、「Slow Hand」(1981年2位)、「Automatic」(1984年5位)、「Jump (For My Love)」(同3位)、リミックス・バージョンでヒットした「I'm So Excited」(同9位)、エディ・マーフィーの主演映画『ビバリーヒルズ・コップ』からの「Neutron Dance」(1985年6月)とトップ10ヒットを連発したのでした。


war.jpg 続くウォーは、カリフォルニアはロング・ビーチで結成された、70年代ウェストコーストのラティーノ・ファンク・ロック文化を代表War_WhyCantWeBeFriends.jpgする、人種混合の(1969年メジャーデビュー当時は)7人組。当初は60年代アニマルズ(「朝日のあたる家」)のリーダーだったエリック・バードンのバックバンドとしてスタートして、最初のヒットが最初のトップ10ヒット「Spill The Wine」(1970年3位)。しかしほどなく彼らはバードンと袂を分かち、より人種混合のファンク、ロック、R&B、ラテンの混沌としたサウンドとやや政治的なメッセージ性を載せた曲を次々にヒットさせ始めたのでした。言ってみればその後のサブライムとか311とかいったいわゆるミクスチャー・ロック・バンドの元祖みたいなバンドだったと言えます。その後のトップ10ヒットは「世界はゲットーだ(The World Is A Ghetto)」(1973年7位)、「シスコ・キッド(The Cisco Kid)」(同2位)、「Gypsy Man」(同8位)、「仲間よ目をさませ!(Why Can't We Be Friends?)」(1975年6位)、シャコタンの車をブリブリ言わせるぜ、と歌う「Low Rider」(同7位)、そしてスティール・ドラムとリー・オスカーのハーモニカが思い切り和む「Summer」(1976年7位)といったラインアップ。1990年代には日本人のブルース・ハープ奏者、仲村哲也がメンバーとして在籍していたらしい。


jody_watley.jpg 同率5位組の最後はジョディ・ワトリー。70~80年代ソウル・ファンにはあのシャラマーのメンバーとしてお馴染みのジョディがソロに転向して放ったのがいきなりのトップ10ヒットだった「Looking For A New Love」(1987年2位)。プリンス&ザ・レボリューションのベーシストだったアンドレ・サイモンと組んだ放ったこのヒットと次の「Don't You Want Me」(同6位)、「Some Kind Of Lover」(1988年10位)で人気を決定づけたジョディは引き続き「Real Love」(1989年2位)、当時のラップ・シーンの大御所エリックB&ラキムとコラボったヒット「Friends」(同9位)、C&Cグレッグ・コール初期の傑作R&Bバラード「Everything」(1990年4位)と次々に大ヒットを連発。しかし彼女の快進撃もこのあたりがピークで90年代に入るとヒップホップ全盛のムーヴメントの中に埋もれてしまった感が。彼女の最後のトップ10は、ベイビーフェイスシャラマーへのオマージュとして、彼女を含めハワード・ヒューエットジェフリー・ダニエルズという全盛期のシャラマーのメンバーをフィーチャーした「This Is For The Lover In You」(1996年6位)でした。

#4 - Creedence Clearwater Revival (CCR) - 9曲

CCR.jpg 古くからのUSヒットファンで、このランキングのことを聞いた時に最初に頭に浮かんだのがこのクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)だったかも知れませんね。ジョン・フォガティーをリーダーとする、カリフォルニア出身の4人組CCRは、主としてアメリカ南部のカントリーとブルースとスワンプがごっちゃになったような凄く存在感と野性味にあふれたロックンロールをひたすら繰り出す、ある意味70年代ロックシーンにおいて特異な存在だったのかもしれないね。彼らの活動時期は1968年~1972年(10月解散)という極めて短期間だったけど、その後のロックバンド達に与えた影響は大きかったと思う。何しろ彼らの楽曲のパワーたるや、10年後のパンクの連中とも十分伍して行けるくらいのレベルだったから。かと思うと、「Who'll Stop The Rain」のような、ゆったりとしたグルーヴも聞かせてくれる、とても間口の広いバンドだったと思う。そんな彼らのトップ10ヒットは、

  • プラウド・メアリー(Proud Mary)(1969年2位)
  • Bad Moon Rising(同2位)
  • Green River(同2位)
  • Down On The Corner(同3位)
  • Travelin' Band / Who'll Stop The Rain(1970年2位)
  • Up Around The Bend / Run Through The Jungle(同4位)
  • Lookin' Out My Back Door / Long As I Can See The Light(同2位)
  • 雨を見たかい/ヘイ・トゥナイト(Have You Ever Seen The Rain / Hey Tonight)(1971年8位)
  • スイート・ヒッチハイカー(Sweet Hitch-Hiker)(同6位)

の9曲。何と僅か2年間で5曲もの最高位2位ヒットを放ちながらとうとう1位が取れなかった、というある意味凄い記録を作ったアーティストでした。リーダーのジョンはその後ブルー・リッジ・レンジャーズというプロジェクトを経て、1985年にソロ作『Centerfield』(野球へのオマージュをたっぷりと伝える快作)のミリオンセラーと最高位10位のシングルヒット「The Old Man Down The Road」(曲の最初から最後までひたすら長い長いギターのコードをカメラが追って、最後のショットでそのギターを持つジョンが映る、というPVは当時結構強烈な印象でした)で見事カムバックしてみせた。今はどうしているんだろう?


#2(同率) - Fats Domino, Missy "Misdemeanor" Elliott - 10曲

FatsDomino.jpg さて2位も同率で、10曲のトップ10保持者である、ファッツ・ドミノとミッシーが並んで入賞しました。でもファッツ・ドミノってみんな知らないだろうから、彼の代表曲「Blueberry Hill」をやってるビデオを見つけて来ました。このビデオ、結構よく見るよね。


 さてファッツ・ドミノは見ての通り、ロックンロール創成期にピアノの弾き語りスタイルで活躍した、ニューオーリンズ出身のR&Bアーティスト。エルトン・ジョンなんかも影響を受けているとかいないとか、とにかく1950年代~1960年代初頭に人気を誇った人で、1986年にはロック殿堂入りしています。彼のトップ10ヒットは、

  • I'm In Love Again(1956年3位)
  • Bluebery Hill(1957年2位)
  • Blue Monday(同5位)
  • I'm Walkin'(同4位)
  • It's You I Love(同6位)
  • Valley Of Tears(同8位)
  • Whole Lotta Loving(1959年6位)
  • I Want To Talk You Home(同8位)
  • Be My Guest(同8位)
  • Walking To New Orleans(1960年6位)

の10曲。本当はTop 100以前の1955年にも「Ain't It A Shame」(ジュークボックスチャート10位)というヒットがあるのでこれをカウントすると、彼が単独2位になります。現在82歳にして依然健在。さすがにもう演奏はできないみたいですが。

MissyElliott.jpg ちょっと意外だったのはミッシーで、彼女の場合はフィーチャリング・ヒットが結構多いのが幸いして見事同率2位に入選。最近名前を聞かないだけにそろそろヒットを出して、ファッツを抜いて単独2位になってほしいもんです(あ、彼女としては1位を取りたいよね)。あと残念ながら彼女の出世作とも言える「The Rain (Supa Dupa Fly)」はエアプレイオンリーヒットなので、Hot 100にはチャートインしていないのです。あの曲は曲といい、PVといいかなり強烈だったのだけど。で、彼女のトップ10ヒットは、

  • Not Tonight(1997年6位)~リル・キムのヒットにダ・ブラット、故レフト・アイアンジー・マルティネスと共にフィーチャー
  • Make It Hot(1998年5位)~ニコールのヒットにモカと共にフィーチャー
  • Trippin'(1999年7位)~バッド・ボーイ・レーベルの3人娘、トータルのヒットにフィーチャー
  • Hot Boyz(2000年5位)~フィーチャリング・ナス、イヴ&Q-ティップ
  • Get Ur Freak On(2001年7位)~「これからみんなで無茶苦茶踊って騒ごう騒ごう」
  • Work It(2002年2位)
  • Gossip Folks(2003年8位)~フィーチャリング・リュダクリス
  • 1, 2 Steps(2004年2位)~シアラのヒットにフィーチャー
  • Lose Control(2005年3位)~フィーチャリング・シアラ&ファット・マン・スクープ
  • Let It Go(2007年7位)~キーシャ・コールのヒットにリル・キムと共にフィーチャー

の10曲。実にうち4曲が他人のヒットにフィーチャーされたものという、正に「フィーチャリング・クイーン」の面目躍如といったところですな。上記のヒットのうち彼女最大のヒットは何と10週間2位という「Work It」。この時彼女の1位を阻んだのは、あのエミネムの「Lose Yourself」(12週間1位)でした。いかにも相手悪し。

http://www.youtube.com/watch?v=FPoKiGQzbSQ

 さてでは問題の無冠トップ10キングは.....

#1 - Bruce Springsteen - 12曲

Bruce.jpg ここでごく普通の洋楽ファンだと「ええええ?ブルースって1位ないの?『ボーン・イン・ザ・USA』って1位じゃなかったっけ?」とびっくりする向きが(特に僕の世代の人だと)結構いるんじゃないでしょうか。そう、ボスことブルース・スプリングスティーン、12曲のトップ10ヒットを持ちながら、未だにナンバーワンヒットがないのです。彼のトップ10ヒットを列記すると、

  • Hungry Heart(1980年5位)~1980年の2枚組アルバム『ザ・リバー(The River)』からのカット
  • Dancing In The Dark(1984年2位)
  • Cover Me(同7位)
  • Born In The U.S.A.(1985年9位)
  • I'm On Fire(同6位)
  • Glory Days(同5位)
  • I'm Going Down(同9位)
  • My Hometown(1986年6位)~以上7曲が1984年のアルバム『ボーン・イン・ザ・USA(Born In The U.S.A.)』からのヒット
  • War(同8位)~LP5枚組/CD3枚組のライブアルバムながらアルバムチャート初登場1位の『THE LIVE(Bruce Springsteen & The E Street Band Live/1975-85)』からのライブシングル
  • Brilliant Disguise(1987年5位)
  • Tunnel Of Love(1988年9位)~以上2曲は1987年のアルバム『トンネル・オブ・ラブ(Tunnel Of Love)』からのヒット
  • Streets Of Philadelphia(1994年9位)~言わずと知れたトム・ハンクスのアカデミー主演男優賞受賞作品『フィラデルフィア』のテーマソング

の12曲です。ちなみに4週間2位を記録した彼の最大のヒット、「ダンシング・イン・ザ・ダーク」の1位を阻んだのは、デュラン・デュランの「The Reflex」とプリンスの「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」の2曲。ボスも、1995年のアルバム『The Ghost Of Tom Joad』以降は基本的にストイックな作風に移行しているので、今後大ヒット曲が出る可能性はかなり低いと思われるため、ボスの今後のNo.1ヒット獲得の可能性はかなり低いでしょう。


...というわけでお送りして来た「No.1のないトップ10ヒット最多保持アーティスト」のランキングいかがでしたか。ちなみに上記10アーティストの次にくる次点は、6曲のトップ10ヒットを持つ、次の12アーティストでした。

  • Babyface
  • Backstreet Boys
  • Dr. Hook
  • En Vogue
  • Don Henley
  • Hollies
  • Journey
  • Little River Band
  • Martha & The Vandellas
  • Bobby Rydell
  • Jackie Wilson
  • Xscape

具体的にどんなトップ10ヒットあったっけ?と考えてみるのも一興かも。ではまた。



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コメント
コメント
No title
Most Top 10 Hits WITHOUT #1
と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが、
Fats DominoとC.C.R.でした。

まさか、Missyが、上に来ているとは。
本当にフィーチャリングクィーンですね。
さらに、ボスが、1位だったとは。
私が聞き始めたのは、Born In The U.S.A.が、
アルバムの頂点の時です。
ここで、7曲の固め撃ち!
どれか1位になりそうなものですが・・・

このランキングに入っている物は、後追いながら、
殆ど持っている気がします。
やっぱり、名曲ぞろいですね。

個人的には、C.C.R.が、凄い記録なんですが、
2位5曲、1位無しの『最も残念なバンド』に
思っています。
Johnは、昨年、"Blue Ridge Rangers Rides Again"
をリリースしまして、
先行シングルが、
ボスとの"When Will I Be Loved"(The Every Brothers)
でした。
DLしましたが、良い出来だと思いました。
2010/06/01 (火) 07:34:03 | URL | bojdoog #79D/WHSg[ 編集 ]
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